牛久入管収容所問題を考える会
最終更新日:2024年3月5日 / 公開日:2003年6月5日

連絡先:〒300-2642 茨城県 つくば市 高野 1159-4 田中 喜美子 方
電話:029-847-5338 、FAX:029-847-3495
郵便振替口座:00130-7-90248

メ−ル:ki_ushikunokai@yahoo.co.jp
Twitter::https://twitter.com/kimiko_tanaka

     牛久の会入会案内    
         



難民支援協会 
 仮放免者の会  牛久の友の会  APFS(ASIAN PEOPLE’S FRIENDSHIP SOCIETY)


 編む夢日記    

 茨城県牛久市に、外国人を収容する施設があることをご存知ですか。ここには、難民申請者を含む多くの外国人が収容されています。彼(彼女)らは、日本に生きる希望・活路を求め、夢と希望を抱いてやってきました。

 しかし、日本政府は彼らの自由を拘束し、隔離収容をおこなっています。帰国させられると厳しい迫害を受ける恐れのある難民申請者、結婚や養育の問題、労災や賃金未払いなど、様々な問題を抱えた人たちが長期間収容されることもあります。

 私たち、牛久入管収容所問題を考える会は、面会行動を通して彼らの生の声を聞き、様々な取り組みをおこなっています。当会は、面会ボランティア、月例会への見学・参加者を随時募っています。また、被収容者のご家族、関係者の方、お気軽に声をかけて下さい。

お手伝い出来ることがあるかもしれません。


2024年 激動の幕開けです。今年は、牛久入管収容所問題を考える会の会報を掲載します。
面会報告など詳しく報告しています。
 2024年1月号では、昨年12月10日の年次報告会と年末の一斉差し入れを報告しました。ご協力・ご支援に感謝です。

   

 2023年年間活動報告会へのご参加をお願いします。

   

 8月27日
今年も総勢20名で夏の交流バーベキューを行いました。
牛久からの仮放免者を含め、イラン人、クルド人、ウクライナ人、韓国人も参加。
前夜からケバブを仕込んでくれた方、飲み物や食材の差し入れを持参の方、焼き方専門で火と格闘してくれた方、大いに盛り上がりました。
 


 2023世界難民デー行動

6月20日(火)午後5時〜JR牛久駅東口にて、難民デーチラシ配布行動を行いました。
 

 
 

 6月3日『ワタシタチハニンゲンダ』上映会 於:つくばアルスにご参加・ご賛同をお願いします

   

 今通常国会に上程された入管法改定案に反対します。
衆議院議長殿
参議院議長殿
内閣総理大臣殿
法務大臣 殿
  2023年4月10日 牛久入管収容所問題を考える会

 当・牛久入管収容所問題を考える会は東日本入国管理センター(以後、牛久入管と称す)に収容されている外国人に対する面会行動を主な活動内容とするNGO団体です。当会は、今通常国会に上程された入管法改定案に強く反対することを表明いたします。

1.2021年の通常国会に於いて廃案となった入管法の改定案をほぼ踏襲したものであり、名古屋入管におけるスリランカ人女性ウィシュマさんの飢餓死問題等様々な入管収容施設における死亡事案等の教訓を一切学ぼうとしないものです。

 2.改定案に於いては長期収容にたいする解決策として「送還忌避罪」が新たに設けられています。牛久入管においても被収容11年のイラン人、8年のパキスタン国籍カシミール人等多くの方が収容6ヶ月を超えて存在しています。彼らに刑事罰で対応するなどもってのほかです。多くが難民申請者であり、国籍国に戻されたなら「命の危険がある」と帰国を拒んでいます。
 また、日本で長期に暮らし、出身母国には係累もいない。日本で生まれ育ち、日本語しか話せない、日本で教育を受けている仮放免者の子供達もいます。これらの方々に日本で安心して暮らせる特別在住を拡大すべきです。改定案はより狭める内容です。「送還ありき」はやめるべきです。

 3.上記で記した牛久入管に於いて帰国を拒む方々のなかには「仮放免制度にたいする忌避」の声を聞きます。
 仮放免制度に於いて対価を得る仕事が出来ない、健康保険に入れない、移動の自由がない、1〜3ヶ月での入管への出頭・仮放免許可の更新が義務づけられている。これらについて収容から解かれたにも拘わらず「壁のない収容に落とし込められているようだ」と言うのです。仮放免ではなく、在留ビザを出すべきです。

 4.仮放免制度の他に管理人制度を設けています。この制度の引受人たる管理人に係わる制度設計が不明なままです。改定案に反対です。
以上

 

 皆さん、日本にいるトルコ国籍クルド人たちの出身地・トルコ南部クルディスタンで巨大な地震が発生し被害は拡大し続けています。当会も直接クルド地域に支援が届くように、以下の在日クルド人たちのアピールを転載します。

 親愛なる日本の皆様へ
トルコのクルド地区を襲った地震による被災者へのご支援をお考えの方は、下記の口座へお振込みをお願いいたします。

ゆうちょ銀行
10310-21706531
シャ)ニホンクルドブンカキョウカイ

ゆうちょ銀行
普通
〇三八店(ゼロサン八チ店)
口座番号 2170653
シャ)ニホンクルドブンカキョウカイ

迎春  牛久入管収容所問題を考える会は1月4日(水曜日)新年最初の面会行動を会員と
面会見学者を含め5名で行いました。 今年も様々な事情を持ち帰国を拒んでいる方々と
の面会行動をやり続けます。なお、面会者からは年末の一斉差し入れについて「有り難う!」の声を頂きました。
多くの皆様方の御支援に感謝です。
 


 ↓2022年12月11日牛久入管収容所問題を考える会年次報告会の様子
 

 2022年12月11日、「年間活動報告会」は、会場満員となる盛会でした。記念講演の講師として指宿弁護士をお招きし、会員各位の面会報告、仮放免の子供の教育問題、仮放免者からの訴えと交流など、真摯な発表の場となりました。多くの皆さんのご支援・ご参加ありがとうございました。
なお、12月28日は、2022年最後の面会日、今年も牛久入管被収容者への一斉差し入れをおこないます。
当会は、新年・2023年も地道に面会行動をやり続けます。
 

 ↓12月20日付けの朝日新聞茨城県版でも取り上げて下さいました。
 


 12月11日(日)に、2022年年間活動報告会を開催します。
例年と会場が変わります。茨城県土浦市・土浦駅前うららです。
皆様のご賛同・ご参加をよろしくお願いいたします。
 

 
 6月20日(月)は「世界難民の日」でした。牛久の会は、1日、難民の日行動です。
午前10時から埼玉県蕨市でのクルドの写真展見学、
午後1時から東京入管「包囲・抗議・激励デモ」、
午後5時から牛久入管最寄り駅JR常磐線・牛久駅頭にて5時から7時まで難民の日キャンペーンをやりきりました。約20名。皆様お疲れ様でした。
21日の茨城新聞に取り上げて頂きました。

 
 
 6月20日世界難民デー行動
6月20日(月)東京入管包囲デモ  13時集合・品川北ふ頭公園
     17時〜JR常磐線牛久駅前で難民デーキャンペーン
どちらも参加大歓迎!!

 2022年新年度にあたって牛久入管収容所問題を考える会として上申書を提出しました。
 
 ※上申書をホームページ上で公開するにあたって個人名は伏せ字にさせていただきました。

 2022年謹賀新年
本年もよろしくお願い申し上げます。
牛久の会は、年頭から差し入れ行動。1月5日、12日の2回に分けて、洗剤やノート、カップ麺などを差し入れました。
 

 2021年年次活動報告会は大盛況でした。ご賛同、ご参加、ありがとうございました。
 

2021年年次活動報告会 基調提起 
 コロナ下におけるこの国の入管政策の現状(牛久入管収容所面会活動から)  田中喜美子

 コロナ・パンデミックにより世界的な大激動の1年でした。緊急事態宣言下、全てに渡って制限の多い1年でしたが、牛久入管収容所問題を考える会は今年も毎週水曜日に面会活動を続けてきました。東日本入国管理センター(以後牛久入管と称す)への面会活動を通じて明らかになったこの国の外国人政策、全件収容主義の実態について報告します。(添付資料あり)

●「三密の解消」と被退令収容者の推移
牛久入管は収容定員が700名の東日本一帯をカバーする(西日本は長崎県・大村収容所)「出入国管理及び難民認定法に定める退去強制事由に該当して本邦から退去を強制される外国人を送還するまでの間収容する施設です」・・入管パンフ

 常時300名内外 が収容されていました。入管庁によると2021年11月15日時点での牛久の被収容者数は20名(大村12人、品川43人、名古屋24人、大阪26人、横浜3人、等々 総計134人)です。
・2020年6月末時点での牛久の被収容者数は108名(大村43人、品川216人、  名古屋63人、大阪77人、等々 総計507人)
 ・2021年6月末時点の牛久の総収容者数は31名(大村21人、品川43人、名  古屋24人、大阪21人、等々  総計164人)
 
 被収容者数は激減しています。が、いろいろな困難な事情により長期収容者が存在します。最長は7年のパキスタン国籍・カシミール出身の難民申請者です。

* 仮放免に立ち会って
 ごく最近には日系ボリビア人が仮放免になりました。収容期間は4年以上の長期収容者、保証金は10万、このお金を用意出来ず、仮放免の許可が出ていたにも拘わらず「仮放免の手続きが出来ないならもうそろそろ仮放免を取り消す」と入管から言われる始末でした。保証人は教会の牧師さん、仮放免時の住所は古い同国の知人です。
 収容棟から出てきた彼、台車5台分の段ボールの箱、箱、大型のトランクが4つ、出迎の車もありません。その場で「荷物を整理して捨てて!」と言いましたが本人には捨てられない物ばかり・・・当会の会員達で整理して、やっと車2台に押し込みました。さて、それから遠方の引っ越し先までゆうパック、ヤマト便、佐川急便と荷物を運ぶために掛け合ったのですが、どこも引き受けてもらえず(もちろん高額な運賃を払えばOKでしょうが)・・・。最終的には当会と同じ様に面会活動をしている方の家に、仮置き。後日、レンターカーで運びました。ボランティアの好意で何とか仮放免・引っ越しは完了しました。仮放免の翌日には「今は、ゆーくり出来て本当に幸せです。皆さんにありがとう!と伝えて」と、嬉しそうな電話がありました。 
ひとまず、仮放免が厳しかった方のケースは終了しました。ただし、前途は?そして、仮放免の許可は出ているのに手続きが進んでいない方が数名います。原因は保証金の工面、保証人がいない、仮放免後の住所が無い・・・等です。長期収容が被収容者と社会との断絶を生み出しています。長期収容はダメ!です。

* 長期収容の実態
仮放免が増え、入所者数は激減しましたが相変わらず超長期収容者は存在します。数年来の最長7年4ヶ月の被収容者だったネパール人は5月末に仮放免。「自分は反マオイストで難民申請者、自分は「悪い人ではない!」と証明したい、収容中は生きていて意味はない・・・と思ったこともある、でも自分の命を捨てるのはそんなに簡単ではない、と語っていた。2014年11月から牛久収容。静かな方で入管とのトラブルは無し、いつも体操、筋トレを欠かさず入所時より体重1キロ増加のみで出所。
 今年は長期収容者の仮放免も多かった。ただし、資料を見ていただくと分かるようにどんなに全収容者数が減少しても約90%の割合で6ヶ月以上の長期収容者は存在します。また、3月から4月にかけてはハンスト者が数名、体調悪化と共に医務室脇の安静室(最悪と評される)に隔離、その後仮放免となっています。

 コロナ禍ですが牛久においては感染者は職員3名のみで被収容者の感染はゼロです。コロナワクチンも2回、希望者は接種出来ています。

 現在、最長の方が7年目のカシミール出身者です。カシミールと聞いて何を思い浮かべますか?世界の尾根、険しい山岳地帯、インド、中国、パキスタンとの領有権をめぐる紛争、その中で闘ってきた、そして、日本に逃げてきた自分が何故難民と認められないのか?と鋭く問います。入所まもなくより、官給食は拒否、45キロ減、心身の状況は良くないらしく、最近は面会申請してもお逢いできません。

 ある仮放免者が語っていたことがあります。それは「収容6ヶ月も過ぎると大体精神的にやられる」と言う事です。睡眠導入剤、痛み止め、抗うつ剤の常用が多い。もっとも「入管の薬は絶対飲まない!という被収容者もいます。
 
 様々な事情で収容生活を余儀なくされている方々がいます。難民申請者は言うに及ばず、難民申請中の特定活動ビザの方がビザを取り消され、そのまま収容、留学のビザで入国し、後に学費が続かなくなり退学、非正規滞在者となった方、技能実習生が実習先の重労働、DVで逃げだし、非正規滞在に、日系人が定住者のビザで子供の頃に親と共に来日、日本の小・中学校でいじめられ中途退学、その後、同じ様な境遇者が集まり問題行動、成人し矯正施設から、退令発布後入管へ、何と長い間音信不通だった者同士が入管でばったり、なんてこともあります。
 牛久入管にも多くの日系ブラジル人や日系ペルー人等々が収容されています。かつて祖父・祖母の代での日本からの移民、日本のバブル期に定住者として呼び戻され、バブルがはじけた途端、追い返され、それでも日本に住み続けた方々、彼らの状況を見ていると日本という国家の得手勝手さ、非情さを思い知らされます。
 仮放免者の子供達が大勢存在します。生まれた時から難民申請中で仮放免者の子供がいます。無国籍者の子がいます。この子達の「将来の夢」をたたきつぶさない!ためにも私たちの闘いが必要です。

被収容者の激減、これは有り難いことでもありますが、残された方々、新規に移送されてきた方にとっては、通常40〜50人収容されるひとつのブロックに1〜5人程度、8畳大で定員5名の部屋に1人だけの収容は独居拘禁に等しい状況を作り出しているとも言えます。常に入管は様々な手段を使って帰国できない事情をもつ人に対し、「国に帰れ!帰れ!」です。そして、仮放免者達の現状は「生き抜く事」がある意味闘いです。

● 名古屋入管でのスリランカ人女性ウィシュマさんの衰弱死
 本年3月6日、名古屋入管でスリランカ人女性ウィシュマさん(33才)が入管職員達による見殺しともとれる処遇で衰弱死。
 スリランカの大学を卒業後、日本の子供達に英語を教えたいと留学、後に学費が払えなくなり退学、留学ビザを失い、非正規滞在者に。当時同居していたスリランカ人男性のDVに合い、派出所に駆け込むも、名古屋入管に引き渡され、前年の8月から収容中でした。難民申請者でしたが今年に入って急激に体調が悪化食事も摂れなくなっていました。点滴や入院治療の訴えも聞き入れられず、仮放免狙いの「詐病」とされたあげく、衰弱死してしまいました。
 この事件は様々なメディア等でも取り上げられ、多くの弁護士、支援者達の労苦でもって、入管の闇が次々と明らかにされ続けています。学生をはじめ入管の問題に多くの方々が目を向けるきっかけともなりました。死因をめぐる裁判も提訴されました。死亡当日より以前のウィシュマさんの収容時におけるビデオを見た妹さんの目には「姉は動物のように殺された!」。スリランカより姉の死因を知るために来日しました。  
* 8月10日、ウィシュマさん衰弱死に関する入管側の「最終報告」が出された。責任逃れに終始した内容、関連文書開示請求にたいして全面「墨塗り」、9月10日には法務省に出向いたウィシュマさんの2人の妹、弁護士等にたいし、入管庁の佐々木聖子長官は最終報告の「シンハラ語訳が完成したら、もう帰ったら!」発言、代理人・国会議員らと同行してのビデオ開示を拒否。
 
 9月25日ビデオ全面開示を求める全国一斉行動が闘われた。当会では上川法務大臣(当時)、佐々木出入国在留管理庁長官宛の抗議文を出しました。

● 入管庁が入管法「改正」案の上程を断念。再上程も廃案に!
 5月18日(火)、政府、自民党は今国会で審議していた入管難民法の「改正案」成立を断念したと発表しました。
 法務省が出してきたこの「改正」案、「良いところがひとつもない」と揶揄される改悪案が4月16日衆議院法務委員会で審議入りしました。
 法務省が長期収容問題を解消するとした中身が「全くのまやかしである」と全国難民弁護団を始め、全国の弁護士会が抗議声明、意見書を出しました。外国人問題に関わる弁護士の方々のサイレントデモをはじめ、多くの外国人に関わるNGO・NPOが抗議声明を発し、法務省抗議行動デモはいろいろな団体によって取り組まれました。様々な労働組合等も抗議の声を上げ、多くの人々が自発的に抗議行動や、国会議員に対する呼びかけをおこないました。毎週法務委員会が開かれる水・金には国会前シットイン(移住連主催)がおこなわれ、高校生も含めた学生、女性もおおく見られ、日毎にその人数は増えていきました。

 スリランカ人女性ウィシュマさんの衰弱死をめぐって、名古屋入管の「人道のかけらもない」、「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと・・・」とかつて公言した法務官僚の体質そのものの対応、こんな法務省の入管法「改正案」など認められない!の声は爆発的に広まりました。
品川入管でも牛久入管でも同様なことが起き続けています。8月27日、牛久では日系ブラジル人が運動時間中、突然警備員にヘッドロックをかけられ頸椎をねんざしました。
 
 東京オリンピックにおける外国人治安対策の強化として、2015年以降、全国の入管収容施設に「仮放免の運用厳格化」が通達されました。以降、長期収容が激増、全国の収容施設で抗議行動が続発、牛久入管収容所では2019年5月以降、100名規模のハンガーストライキが起きました。大村収容所では6月24日ナイジェリア人「飢餓死」と最悪の事態が起きました。法務省はこれらに対応するものとして10月「送還と収容に関する専門部会」を立ち上げ、この部会の結論ありきの提言を下に入管法の「改正」案を国会に上程したのです。
 法務省は自らの施策が生み出した長期収容者の存在に、送還忌避罪や、仮放免逃亡罪、これと一体となった難民申請は2回までに制限、「準難民としての保護」制度の新設は条約難民規定の厳格化の下でどれだけ多くの人々が庇護を受ける事が出来るのか?監理人制度の新設は法務省が選任した「監理人」を仮放免者につけ、当該の仮放免者の一挙手一投足を毎月入管に報告させる。今までの保証人の支援する立場から管理する側に、しかも仮放免者が逃亡した場合、監理人にも責任を負わせる。これでは仮放免(者)の支援などはできなくなります。
 
 今回の入管法改悪案を廃案に追い込んだ最大の収穫は為政者達による国会における多数者の驕りを人々の様々な行動によって廃案に追い込んだことです。
 次期通常国会への再上程を目論んで入管庁は様々な策動をおこなっています。
再上程を許さない!闘いのうねりを作り出していきましょう。

 

 

 恒例の夏のバーベキュー  今年は残念ながら中止に致します。       牛久入管収容所問題を考える会
  牛久通信(号外) 2021年8月17日
 本来ならば、夏真っ盛りの8月中旬ですがコロナ禍が爆発的に拡がり、地球的規模の環境異変です。毎日降り続く雨・また雨です。豪雨災害に見舞われている地方の方々には申し訳ないようですが当地はそれほどの被害は今の所、有りません。各地に住まわれている皆様方にはいかがお過ごしでしょうか?
 さて牛久通信7月号でお知らせした、恒例夏のバーベキュー、残念ですが今年は中止といたしました。コロナ禍、緊急事態宣言下、ご了承ください。
 8月10日、出入国・在留管理庁から3月に名古屋入管でお亡くなりになったスリランカ人女性ウィシュマさんに関する[最終報告書]が発表されました。死亡の原因・責任の所在を曖昧にしたとうてい容認できるものではありません。そしてあわよくばこの報告書をもって今国会で廃案となった「入管法の改定案」を次期通常国会に再提出しようと狙っています。入管法の再上程は許さない!の闘いをより強固に作り出しましょう。
 皆様、どうぞご自愛ください。牛久の会・通信通常号は9月中旬お届けします。

 抗議文
上川 法務大臣殿
佐々木 出入国在留管理庁 長官殿

                           牛久入管収容所問題を考える会

 当、牛久入管収容所問題を考える会は東日本入国管理センターに於いて長年面会ボランティアをしているNGO団体です。
 8月10日に法務省及び出入国管理庁が、スリランカ人女性ウィシュマさんの死亡に関する「最終報告書」なるものを公表しました。この「最終報告書」はおおくの入管にかかわるNGO、NPO、弁護士などにとって、1ミリも納得できるものではありません。ましてや姉が入管収容所の中で何故死ななければならなかったのか?知りたくてスリランカから訪れていたお二人の妹さんにとっては尚更のことと思います。

 ウィシュマさんは昨年8月に名古屋入管に収容され、今年1月頃よりは体調が悪化、仮放免の申請をするが認められず、2月頃より自力歩行も困難になり、名古屋の支援者との面会にも車椅子でしか動けない状態でした。すでに2月の尿検査で「飢餓状態」「腎機能の悪化」が数値として出ていました。死亡当日の朝には向精神薬を飲んでぐったりしている ウィシュマさんに「ねえ、薬きまっている」とあたかも覚醒剤常用者にたいするかのような侮蔑的な言葉が職員によって投げかけられてもいます。再三にわたり病院の受診を訴える彼女に対し「仮放免狙い」と取り合わなかった名古屋入管。名古屋入管によって「殺された」のです。お二人の妹さんに見せられた名古屋入管によって撮影されていたビデオ映像、ショックで最後まで観ることもできませんでした。「姉は動物のように殺された」。

「最終報告書」は、入管庁主導で作られた人権意識のかけらもないものです。そして、「人の命を預かる行政機関としての緊張感や心のこめ方が不十分だった」として名古屋入管の局長、次長を訓告、警備管理官ら2人を厳重注意処分としました。
 人一人の命を自らの「懈怠」によって奪っておいてこの責任の取り方はあるのか? 安倍政権時代から上川法務大臣の下で、4人の被収容者が死亡しています。佐々木長官になってから2019年の大村入管でのナイジェリア人サニーさんの飢餓死に続いて2人目の犠牲者です。

オリンピックための外国人対策として長期収容を強制し、今また廃案になった「入管法」の次期国会に再上程をあけすけに語る上川法務大臣、佐々木長官はまず一番先に辞職すべきです。あなたたちに人の命を預かる資格はありません。
2021年8月18日

 6月20日(日)は国連で決議された「世界難民の日」です

 国連難民条約において、<人種、宗教、国籍、特定の社会集団への帰属、または政治的意見を理由に迫害を受ける十分に理由があるおそれが存在するために国籍国の保護を受けることができない人、保護を受ける事を望まない人を「難民」と定義しています。>
 2020年段階で世界中には8000万人以上の難民・避難民がいます。中東・アフリカ各国を中心に内戦や国際紛争が多発しており、これらの国々において戦火を逃れ、自らが生まれ育った地を離れざるをえない人々が大量に生み出されています。そして、コロナ禍は彼らにとっても容赦なく、より深刻におそっています。
 難民問題は私たちにとって遠い国の出来事ではありません。日本にも多くの難民申請者が訪れてきています。成田や羽田に着き、難民申請をした途端、牛久や品川などの収容施設に収容されてしまった方もいます。
日本が難民として認定した方は2019年は申請者10375人中、難民認定は44人。なんと0・4%です。コロナ禍で出入国が制限されていた昨年は申請者前年比62%減の3936人中46人(1・1%)の認定です。

入管施設から仮放免された方々がコロナ禍で生存の危機にさえ陥っています。この国で生きるためのビザを出すべきです。技能実習生をはじめとする全ての正規・非正規滞在の外国人がこの国で「幸せに生きる権利」を勝ち取るために共に声を上げましょう!

 ★6月20日(日) 世界難民の日 行動計画★

 *東京入管包囲デモ・激励行動
午後1時JR品川駅港南口集合・1時15分デモ

 *難民の日・キャンペーン宣伝行動 
午後4時〜JR常磐線・牛久駅頭

 入管難民法「改正」案 自民党が取り下げ・ついに廃案に

 5月18日(火)、政府、自民党は今国会で審議していた入管難民法の「改正案」成立を断念したと発表しました。
 法務省が出してきたこの「改正」案、「良いところがひとつもない」と揶揄される、とんでもない改悪案が4月16日衆議院法務委員会で審議入りしました。2月19日には菅政権がこの入管法「改正案」を閣議決定しています。昨年末にはすでに御用マスコミを使って、この「改正案」が仮放免者や、各入管施設に収容されている外国人にとって何か良い改正であるかのようなリーク報道も盛んに流されていました。
 このような中で審議入りした「改正案」、法務省が長期収容問題を解消するとした中身が「全くのまやかしである」と全国難民弁護団を始め、全国の弁護士会が抗議声明、意見書を出しました。外国人問題に関わる弁護士の方々のサイレントデモは画歴史的とも言えます。多くの外国人に関わるNGO・NPOが抗議声明を発し、法務省抗議行動デモはいろいろな団体によって取り組まれました。様々な労働組合等も抗議の声を上げ、多くの人々が自発的に抗議行動を行い、国会議員に対する呼びかけをおこないました。毎週法務委員会が開かれる水・金には国会前座り込み・シットイン(移住連主催)がおこなわれ、高校生も含めた若い学生、女性の姿もおおく見られ、日毎にその人数は増えていきました。入管法改悪案を廃案に追い込んだ最大の収穫は為政者達による国会における多数者の驕りを人々の様々な行動によって廃案に追い込んだことと思います。

 昨日4月24日は例年神奈川でおこなわれる「外登法・入管法と民族差別を撃つ全国集会」の予定でしたが予定していた会場がコロナワクチンの接種会場になってしまいキャンセル、法務省抗議行動・デモとなりました。主催者が予定していた100人規模のデモ申請を大幅に超える300人の参加でした。クルドのデニーズさんやガーナ人、コンゴ人等々も参加下さりました。
デモの途中ではミャンマー人達の「軍事政権に反対するデモ」の解散時の人々とも出会うことが出来ました。旧知のNLD関係者、ビルマ図書館運動の方とも熱烈交換が出来ました。非常に多くの若い女性達が参加しています。

名古屋のスリランカ人・ウィシュマさん、医師の診断書には亡くなる2日前には「仮放免すべき」とありました。牛久で病死した、ベトナム人、カメルーン人、大村のサニーさんのことを思うと入管の体質は「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと勝手」と答弁した法務官僚の時代とまったく変わっていません。
 入管法の改悪に反対です。国会に駆けつけましょう!皆さんの地元選出の国会議員に「入管法の改正案に反対」の声を届けましょう!

 
 
 

 コロナ禍の入管収容と入管法の改悪案に反対です。 
牛久入管収容所問題を考える会  田中喜美子
 東京入管収容場に於いて大規模なコロナクラスターが発生しました。昨年4月からの緊急事態宣言後の「密を避ける」対策として多くの仮放免が許可されましたが、それでも130名が収容されていました。今年3月はじめには職員6名を含む60名超の被収容者がコロナ感染者となりました。コロナ感染者は男性のみで(女性は3月3日横浜入管に移送・または帰国退去となった)全被収容者の半数以上・6割の方々がコロナに感染させられました。
 当方にも東京入管・被収容者から「コロナに感染した。熱がある、頭が痛い、のどが痛くて食べ物が通らない、治療もない、このままでは殺されてしまう」という悲鳴に似た手紙が届いています。

 大規模なクラスターの発生、これらの事態は施設で働く職員からの感染が強く疑われるが、特にウイルス感染症などにたいしては構造上・施設運営政策上極めて脆弱な施設であることが立証されました。感染者には十分な治療観察が必要であり、感染経路の特定を明らかにし、コロナ後遺症にもきちんと対応すべきです。コロナ陰性者には支援金を支給し、解放すべきです。

牛久入管収容所では、現在までコロナ感染は報告されていません。通常300名前後が収容されている施設ですが昨年4月以降は「密を避ける」という方針の下、順次仮放免が許可され現在は100名弱が収容されています。(4月7日現在85名です)品川入管から女性被収容者が横浜入管に移送されたことから横浜入管からの男性が2名収容されました。彼らは2週間、他の収容者と遮断されたブロックに収容され、順次(一般の)他のブロックに移されます。
この牛久では現在もハンスト者が数名います。牛久収容時から40キロ以上も体重が減少した方(もともと巨漢でしたが)は車椅子で面会室に現れていましたが、
ついに仮放免の許可がでて喜びの電話を下さいました。また、ハンスト者の中には3月13日に洗剤を飲み自殺未遂を起こした方もいます。精神的に非常に心配です。特にハンスト者は過剰なストレスを抱え込み、体力は落ちています。コロナ禍では「いのち」の問題です。
 牛久入管では収容者が激減した!と言っても長期収容者から先に仮放免が許可されているわけではありません、7年間収容されている方もいます。過去に傷害事件を起こし3年半服役、その後、退令が出て牛久に移送されてきましたが牛久で7年!とは、本人が難民申請をしていて「帰れない事情がある」=送還を忌避しているとはいえ、二重の刑罰として大変な人道の危機ではないでしょうか?

昨年の9月、牛久入管では4年半の長期収容者だったイラン人難民申請者が入管の「あきらめて帰る」と言わせんがためだけの医療従事者によるひどい「いじめ対応」に心が折れて「建造物損壊事件=医務室前待合室に糞尿をぶちまける」事が起きました。入管の長期収容こそが事件を引き起こした!と裁判を支援・傍聴してきましたが、この3月19日に土浦地裁に於いて実刑10ヶ月、未決算入60日の判決が出ました。支援者がすでに損害賠償を全額弁済しているにも関わらず、ことさら前科のことを持ち出し、長期収容と入管の医療問題には触れていません。許せません。当該は控訴の意向です。多くの方々の支援をお願いします。

入管法の「改正」案が上程されている中、またしても名古屋入管においてスリランカ人女性が摂食障害に陥り体重が20キロ減となり死亡しました。メディア等によると昨年8月に収容された女性は今年に入って急激に体調が悪化、食事をとれなくなっていました。亡くなる数日前にも支援者の面会に「はいてしまう」ためかバケツを抱えた車いすの彼女があらわれ、頭は車椅子の背もたれにおいた状態だがふらつき、唇は黒ずみ、口の両脇からは泡が出ていたと証言されています。命の危機を感じた面会者による必死の当局に対する「入院・点滴」などの依頼にたいしてただ聞くだけの対応・・・、6日に単独の居室内で死亡。33歳、スリランカで大学を卒業後来日、「日本の子供達に英語を教えたい」と日本語学校に通っていたが、途中で学費が払えなくなり退学、以後超過滞在、そして入管収容。

東京オリンピックにおける外国人治安対策の強化として、2015年以降、全国の入管収容施設に「仮放免の運用厳格化」が通達され、長期収容が激増、その中で牛久入管収容所では2019年5月以降、特に6月からは牛久入管全体をゆるがす100名規模のハンガーストライキが起きました。大村収容所では6月24日ナイジェリア人「飢餓死」と最悪の事態が起きました。法務省はこれらに対応するものとして10月「送還と収容に関する専門部会」を立ち上げ、この部会の提言を下に入管法の「改正」案を国会に上程しました。
 入管収容所における外国人収容の実態は昨年8月、牛久入管に収容されていたイラン人サファリさんとクルド人デニーズさんのケースに対して国連人権委員会「恣意的拘禁に関する委員会」による「国際人権法違反」との勧告を受けているが、ほかにも多くの国際機関から批判を受けています。

 これらの国際的批判にも応えるかのような体裁をとった「改正」案ですが中身は全く違います。長期収容問題を逆手にとった送還忌避罪や、仮放免逃亡罪、これと一体となった難民申請は2回までに制限、「準難民としての保護」制度の新設、といってもそもそも日本の難民認定率0.4%。条約難民規定の厳格化の下でどれだけ多くの人々が庇護を受けることができるのか?

 そして、今回の「改正」案の最大の問題は「監理制度」の新設です。被収容外国人に面会し、彼らの人生を聞き、彼らの困りごとの相談に対応し、時には入管の問題点を告発し、保証人として仮放免に対応する、仮放免後も様々な日本社会で生きるための便宜を図る。こんなことをしているNGO、NPO、外国人の人権に深くコミットする弁護士に対する法務省側の悪意に満ちた反動です。
 現在でも保証人になるには住民票、預貯金の残高証明書、源泉徴収票などの納税証明書などを入管にて堤出しなければなりません。仮放免先の住所も必要です。仮放免申請が1〜2回ならまだしも10回以上も、却下されては再申請する被収容者がいます。再申請するたびにこれらの証明書を新たに提出します。面倒くさくなって保証人をやめる人もいます。仮放免許可のハードルは高く、長期収容にならざるをえません。それでも難民申請者や日本に家族がいるなどの事情を持って帰国を拒む人がいます。
 送還忌避罪の適用=刑務所へ、は長期収容者の存在を表面上「見えなくする」ものであり、どうあっても帰れない人をとことん弾圧するものです。
 監理制度は法務省が選任した「監理人」を仮放免者につけ、当該の仮放免者の一挙手、一投足を毎月入管に報告させる。今までの保証人の応援する立場から管理する側に、しかも仮放免者が逃亡した場合、監理人にも罪を負わせる。これでは仮放免(者)の支援などはできなくなります。入管庁の仮放免者の動態調査業務を民間人に代行させる、とてつもない人権侵害の代理人を生み出すものです。

 今回の「改正」案は国際化や共生とは全く相容れない改悪案そのものであり、世界中の労働者・民衆との団結や連帯をかけた運動として反対していかなければなりません。

 JICE講演会(オンライン開催)『コロナ禍における入管収容所と非正規滞在外国人』
3月3日(水曜日)19時〜21時

主催:立教大学キリスト教教育研究所
 

 今国会への出入国管理・難民認定法の改悪に反対します。
 共同行動のお知らせ
 2月17日 午後4時から
法務省への「入管法改悪案の上程に反対する共同行動・申し入れ」

午後6時から日比谷公園・霞門からデモ主発

 1月度定例会中止のお知らせ
1月18日からの茨城県緊急事態宣言に伴って、県内の公的会場が使用不可になりました。
牛久入管収容所問題を考える会定例会を開催しているつくば市市民交流センターも使用できません。
よって、1月23日(土)に予定していた定例会は中止とさせて頂きます。

今後の予定は、会の通信、ホームページなどで明らかにしていきます。

 2021年、今年もよろしくお願いいたします。

1月6日(水)年頭の面会行動で、牛久入管の被収容者100名弱の方々に差し入れを行いました。洗剤、石鹸、タオル、ノート、ボールペンなど、会員8名が参加して、皆さんに分けることが出来ました。ひとえにご支援の皆様のおかげです。ありがとうございます。
コロナ禍に多くの被収容者に仮放免が出ていますが、まだまだ長期収容の方がいらっしゃいます。
今年も、牛久入管収容所問題を考える会は、面会を軸に活動していきます。

   

 

 2020年 年間活動報告会&交流の集い

   

 牛久入管収容所では、現在、ハンガーストライキを行っている方、摂食障害におちいっている方と、生命の危険さえある方が何名かいます。
非常に難民性が高い方々も長期収容され続けています。

退去強制忌避罪、仮放免逃亡罪等の入管法改悪に反対です。

 「滞留外国人社会生活容認」読売新聞記事について
               牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子
 9月22日、読売新聞・1面報道に「『滞留外国人 社会生活容認』入管施設長期収容解消へ」と言う記事が出された。紛れもなく、出入国在留管理庁による今秋臨時国会での「入管法の改悪=送還忌避罪等の新設」の世論の地ならしを目的としたリーク記事と思われます。

 大見出しの「滞留外国人社会生活容認」という文言に「これは何だ!」と驚きました。そもそも滞留外国人とは誰のこと?法務省から公表された2019年6月末現在で被退令仮放免者数は2303人(同じく退令収容者数は649人・・・コロナ禍で仮放免許可が多く出され減少している)を措定しているのか?日本に来日と同時期に難民申請した特定活動「難民申請中の6ヶ月特定ビザ」の人々のことか、来日時に難民申請の仮滞在ビザ(3ヶ月更新)を得た難民申請者のことか?

 これらの方々に「社会生活容認」とは、一体、法務省・この記事の筆者に人道的な国際的人権感覚はあるのか?それをまず問いたい!
 法務省公表資料によると2019年6月末現在で被退令仮放免者の仮放免期間は3年未満が826人、3年以上5年未満が478人、なんと10年以上の方が150人とあります。しかも、20才未満の未成年も304人、内10才未満が134人です(親が仮放免者の子は日本で生まれ育っても仮放免です)。
 収容施設からの仮放免者、彼らは「仮放免の許可」が決定されると就労しない、他県への移動は旅行許可を入管で申請する、住所の変更は前もって届け出る等を約束させられ、保証金を国庫に納め、晴れて収容から解放されます。概ね(コロナ禍で現在は期日はまちまち)翌日に品川入管へ出頭し、以後の仮放免更新日(コロナ以前は1ヶ月更新)が決まります。仮放免者は就労不可ですが、2015年以前には就労不可の記載がありませんでした。健康保険もありません。住まいを得るのも苦労しています。
 それでも、この国で長期にわたって仮放免生活を送っている方が大勢存在します。20才未満の子供達が地域の小学校、中学校、高校、大学に通学しています(国連子供の権利条約)。仮放免者であっても当然ながら地域社会の一員として長年にわたって生活しています。人間としての権利として労働し、各種公共機関を利用し、様々な民族的行事も行い生き抜いています。これらの現状・実態との乖離を認め、仮放免の要件を変えるべきです。とりわけ人間にとって労働することは基本的人権そのものです。就労そのものを認め早急にこの国で安心して暮らせるように定住ビザを出すべきです。新聞記事を裏読みすれば、「管理措置」(仮称)制度の新たな導入=「滞留外国人社会生活容認」とは、法務省はあくまで「被退令仮放免者」の存在そのものを無くしたい・・・それでも退去しない方々は「送還忌避罪」を適用する!が本音です。

 仮放免者以外で当初は盛んに喧伝された、仮滞在制度はどうでしょう?強制収容からは逃れられる難民申請中の3ヶ月更新ビザ、とりあえず健康保険には加入できますが就労は認められていません。しかもいつまでも仮滞在のままではいられません。難民申請が不許可になれば退令が出て仮放免者になります。2018年で申請者977人中、許可が出たのは38人です。制度そのものが危うい現状です。    
 2016年以降難民申請者が1万人突破しました。その認定率は人道配慮による庇護を含めても0.5%以下です。2017年以降、難民申請中の特定活動6ヶ月ビザが急激に増加しました。通称「ナンミン・6ヶ月ビザ」は2回目からのビザの更新は風俗営業を除く「就労可」のビザです。勿論、入管局が言うところの「難民申請中は強制送還が出来ない・・・」の隙を突いた悪徳ブローカーの介在を否定しません。しかしながら当該には罪はありません。高額なお金を払わされた人買いビジネスの犠牲者です。このナンミンビザも特に2018年以降は「就労不可」が多くの方に記載されるようになりました。彼らも難民申請の結果が不許可、異議申し立ての却下、取り消し裁判の敗訴、再申請をしなければ退令が発布され、収容される人、または仮放免者となります。

 この国で「就労不可」の仮放免者、仮滞在者、難民申請者はどうやって生きていけるのでしょう?友人やファミリー、ボランティアの支援には限界があります。
 日本政府の委託を受けて難民等が日本に自立定住していくための支援事業を行っている難民事業本部(RHQ)による支援も全ての人に届くわけではありません。(1回目の難民申請まで受け付け、2016年では308人が申請して120人が不許可)その中身は支援金1日大人1500円、子供1000円、家賃補助単身で4万円、医療費は実費3万が限度、やっと人間が生きていける程度です。    

 入管が新設を予定している管理措置なる制度、就労を認めない代わりに、最低限の生活をするための金銭的支援も検討とあります。でも3ヶ月程度です。ふざけるな!と言いたい。入管庁が認定した支援団体(多分RHQなどか?)や弁護士らが「管理人」となり対象者の生活状況などを把握して同庁へ定期的に報告する義務を負う。そもそも法務省・入管庁が何の受け皿も未だ出来てないのに民間の支援団体や外国人問題に熱心に取り組んでいる弁護士に過剰な負荷をかける、万が一逃亡した場合は彼らに責任を負わせ罰則も設けるとは許し難いことです。

日本は1981年、難民条約を批准しています。2005年から約5年間は庇護率が2005年の31.3%を筆頭に20%を超えていました。残念ながら2017年以降は0.5%以下です。2019年は10375人の申請者に対して異議での認定も含めてたったの44人が難民認定を受けました。「難民鎖国」「日本は難民条約から撤退したら」などと世界から批判されています。こんな批判をかわそうとするかのように「準難民」を新設し、紛争国からの避難者を条約難民と同じ「定住者」として在留を認めるとあります。日本にはトルコ国籍クルド人、シリア、イラン等の中東諸国、アフリカ大陸の各国からの難民申請者が大勢難民申請者、仮放免者として暮らしています。EUやカナダ、アメリカ同様紛争国からの庇護希望者は全て難民として認めるべきです。

 「入管施設 長期収容解消へ」とあります。コロナ禍の「3密の解消」で牛久入管収容所では4月以降多くの仮放免が許可されました。コロナ以前は300名内外の被収容者がいましたが10月7日現在は100名以下(含む10月6日品川から6名移送)の収容です。ただし、収容の実態、長期収容の実情はひとつも改善されていません。6年以上の長期収容者もいます。8名内外が仮放免の許可を求めてハンガーストライキをしています。仮放免が決まってはいるが保証金の減額を求めている方が複数、摂食障害になりハンストをしているわけではないが食べれない方が複数名。本日(10月7日)、私が面会した10人の内、車椅子で面会室に現れたのが6人です。4年3ヶ月の収容で体重が23キロ減った人、25日間のハンストで16キロ減の人、54日間食べ物が摂れてない方は立とうとすると足に電気が走り立てないと訴える。
 許せない事に昨年ハンストでの2週間の仮放免の許可、更新時に再収容、これを3回繰り返したイラン人マジットさんにたいし前日の6日に「仮放免の不許可」が言い渡されたことです。ハンストによる3回目の再収容が1月16日でした。それから約9ヶ月収容され続けています。2017年2月、難民不認定処分を受けて収容されてからすでに3年8ヶ月も長期収容されています。入管職員が「あなたはハンストして私達にうっとうしいことを言っているから仮放免しない!」と言われたことがあると訴えていました。彼もまたハンストを始めました。

 9月23日付けで国連人権理事会の恣意的拘禁WGが日本政府に対して日本の入管収容が「国際人権法違反」という意見書をまとめました。日本政府・法務省は
国際人権法に則り、全件収容主義を止め、入管施設での収容は最長でも6ヶ月を限度とするべきです。収容施設からの仮放免者には当面の保護費の支給、自立するための就労を認めるべきです。そしてこの国で安心して暮らせるように定住ビザを出すべきです。
 今秋国会への「送還忌避罪、仮放免の更新に出頭しない人に対する逃亡罪」などの入管法の改悪に反対です。

 牛久入管面会情報 2020/09/11
 9月9日現在で被収容者は100名を切っているようです。8月中旬以降、仮放免許可者の手続きが滞っていましたが、9月に入って、2日、3日と仮放免手続きが順次続いています。
ただし、残された被収容者のストレスは激しく、医療の問題を含め、ハンストから摂食障害をおこした方、水を飲んでも吐いてしまうという非常に危険な健康状態の方が分かっているだけで3名います。
当会は、9日の面会時に、車椅子でやっと面会室にあらわれた3名の方に状況を確認し、牛久入管総務課に口頭で抗議しました。

 


 牛久入管面会情報2020/07/19
 東日本入国管理センター(通称・牛久入管)総務課によると7月15日現在被収容者は約100名、定員700名の施設、コロナ禍以前は常時300名内外が収容されていた施設ですがコロナ対策「3密の解消」として定員が5人の居室もほとんどの居室は1人1部屋収容となっています。これを可能にしたのがコロナ対策の中に記されている「仮放免許可制度の柔軟な運用」です。4月1日より7月15日現在約180件の仮放免が許可されています。ただし仮放免後の生活の保障は何もなく、ただただコロナ禍に放り出された状態で多くの方が生活に困窮しています。法務省は人として当然の安定した生活が出来るようにビザを出すべきです。
 
 多くの仮放免が許可されている状況下、長期収容者に仮放免の不許可が下されハンストで抗議している人もいます。7月14日には6年6ヶ月収容されているネパール人、3年7ヶ月収容されているコンゴ人の仮放免申請が不許可となりました。
保証金は10万が多いが中には1万の方もいました。

医務官と称する入管職員による被収容者に対する人権侵害・虐待が起きています。
ある総務課職員による「入管職員に看護士の資格を取らせる」、この職員が医務官となっていると思われます。この医務官が関係する被収容者へ虐待の訴えが少なくとも3件報告されています。訴えの手紙を以下に載せます。

 

 この手紙を書いたイラン人はすでに入管収容5年目に入ります。7月8日には2Bというブロックにたった1人だけ居室を移され15日に面会した時は「1日中誰とも話も出来ない」と憔悴、衰弱して車椅子で面会室に現れました。

他にも仮放免が不許可後、ハンストをおこない昏倒し、「安静室」で無理矢理の採血・点滴を拒否後、摂食障害となっているにもかかわらずエンショワと言う栄養ドリンクも出さない、ご飯を食べるまでシャワーを使わせない!と3週間もシャワーさえ使わせなかった。「1日中何もない安静室ベットに寝ている。ここから出られるのは面会だけなので、面会して欲しい!」との電話があったケースです。

また、胃と肝臓周辺の痛みがひどく、入管内医師の診察を希望していた当該はこの医務官のあまりの不誠実な態度に「カメラを回して、あなたの対応を最初から同じ様に写して」と言い、この医務官が「何も問題ありません」と記録簿を即閉じた事に「では帰ります、車椅子を持ってきて」と言った途端、警備官3人に抱え上げられ床にたたきつけられ、首を押さえつけられ、後ろ手にされ,居室まで引きずられて連れ戻された。(首に2週間後も痛みアリ)カメラを見ていた担当官からさえ「・・・は何も悪いことをしていないのに」と気の毒がられた。

 6・20世界難民デー行動へ
法務省の入管法改悪攻撃(国外退去拒否等に罰則案)に反対します!

 ◆6・20 東京入管包囲デモ
   呼びかけ:外登法・入管法と民族差別を撃つ全国実行委員会
  JR品川駅南口 こうなん星の公園(東京入管行バス停前)
  午後1時集合・1時15分 デモ出発
 ◆6・20 牛久入管収容所問題を考える会 世界難民デーキャンペーン
  JR常磐線牛久駅前
  午後5時から7時
  難民デーのリーフレット配布にご協力下さい。

牛久入管面会情報 < 通常面会再開  6/3面会行動記> 田中 

  AM8.40分、東日本入国管理センター(牛久入管)着、駐車場は1台も無し、施設内に入る。入り口にはコロナ対策の薬剤が染みこんだマットが敷かれ、職員が検温、35.8度・OKです。と言われ「検温済」のシールを胸に貼る。
  8.45、受付は一番札、待合室は誰もいない。その後に到着した会員さんが仮放免が決まった人から宅下げされた荷物を持ってきて「預かって欲しい!誰か必要な人にあげて欲しい」と頼まれている・・・と言われ、職員からも同じ人からの書籍、新約聖書、辞書、CDが大量に宅下げられた。職員は「重いから紙袋では破けそうですね。厚いビニュール袋を持ってきます」と牛久の受付担当は例年いたって親切。ちなみに会員はマスクを忘れていたが職員がプレゼント。

  9時過ぎ、面会室へ、まずロッカールームで不要な荷物をロッカーへ、(当方は携帯のみ預ける)金属探知機の下をくぐる。ロッカールームにも消毒薬。

  一番受付は1号室(5部屋+弁護士面会室が2)へ。
  7Aブロックのイラン人とウガンダ人に面会、イラン人は面会禁止期間(4/27~5/25)が解除後の27日にも面会していたが、ウガンダ人には1ヶ月ぶり、「久しぶりですねー。お変わりありませんでしたか?」と言われる。
 イラン人は昨年のハンストで2週間の仮放免と再収容を3回繰り返した。すっかり体調を崩し、正月後の面会では車椅子で面会室に現れていた。摂食障害で固形物は摂れない、そんな状態だったがこのところ、面会毎に体力・気力共に回復しつつあり、にこやかな顔で面会室に現れ、様々な事を教えて下さる。
 *コロナ対策のために非常に多くの人が仮放免されていて7Aブロックもほとんどが一人1部屋収容となっている。この日も7Aのパキスタン人が仮放免となる。
*5A,5Bは空になっている。
*日系ブラジル人が仮放免不許可になり収容ブロックがチェンジされた。彼には面会禁止期間中の少年ジャンプ5冊を差し入れ。
*水曜日7Aブロックの運動時間は午後1時からなので面会は午前中にしてと皆さんに伝えて欲しい。
30分の面会時間はあっと言う間です。


  2回目の受付も面会待合室は誰もいなく即受付・面会、次週月曜日に仮放免が決まっているイラン人で全体で4年5ヶ月の収容、保証金は20万、毎週1週間分のスポーツ新聞の差し入れをリクエストされていた。「多くの仮放免者が保証金、3万、4万、5万で出ている。1万円の人もいる。自分は20万、入管の理由は分からない・・・」ともかく、嬉しさ満杯の輝いた顔でした。

  面会室には当会の会員さんが新しく来場、当方は受付番号10番札をとる。面会担当より,「面会時間が少し短縮となるかも知れません」と言われ,午前中3回目の面会。通常は午前中2回程、混雑時は最悪1回だけの時もあります。8Aのアフガニスタン人と面会、彼とは2001年9.11関連で収容されたハザラ民族アフガニスタン人の一人として面会してからこれで3回目の収容、不運としか言いようもないことで収容される。今回は北海道に結婚して住んでいて、凍結した道路でガードレールにぶつけ、国際免許で運転していたことを理由に捕まった。この1ヶ月面会出来なかった間にめまいで倒れ、もらった薬で薬疹が出て「死ぬかと思った」と語る。8Aは現在19名収容されているが5名はすでに仮放免が決まっている。残念なことに彼は仮放免不許可の通知が出たばかり。北海道の連れ合いはコロナで面会中止。電話カードがすぐ無くなる。被収容者は入管で使えるKDDIカードの差し入れを歓迎。

  12時からは昼休み、待合室には当会の会員を含め数人が食事を摂りながら情報交換など。玄関の外には山のような荷物と共に仮放免となったパキスタン人が迎えの車を待っています。おめでとう!と言って握手。

  午後1時から面会は再開、1Bのナイジェリア人に面会。彼はクリスチャンだが他の被収容者は皆ムスリムでウガンダ、タンザニア、ナイジェリア3人、バングラデッシュ、ミャンマー(ロヒンギャー?)が収容されている。宅下げで頂いた本を数冊と和英の辞書を差し入れする。

  この日5回目の面会は物知りのイラン人、収容時73キロ合った体重は現在60キロになった。ハンストによる2週間の仮放免を繰り返し、摂食障害となっている。エンショワ・リキッド(栄養剤)を飲んでいる。すでに4年半収容されているが5月18日には仮放免が不許可になり25日に再申請をした。

  6回目はトルコ国籍クルド人、2016年4月に成田に再来日してからすでに4年以上収容されている。この間多くのクルド人が収容されていたが強制退去になったり、仮放免になったりでついに最後の一人になってしまった。血圧が高くこの日も面会室にはふらふら状態で額にはアイスノンを巻いて入ってきた。血圧は朝が206の133、昼は223の120の数値がノートに記されています。
面会している私も怒りでくらくらしそうです。「必ず,総務課に抗議してくるから」と約束。面会後総務課へ行き、特にこのクルド人のことについて長期収容、高血圧、家族全員が埼玉に在住、にもかかわらず、つい最近も仮放免が不許可になったことについて抗議し、1日も早い仮放免の許可をすべきと口頭で伝えた。

総務課職員によるとこの日の全収容人数は120人でした。(4月30日は224人)

コロナ禍で多くの仮放免が許可されています。仮放免者の生活に保護費を出すべきです、再収容はするな!正規滞在ビザを出せ! 

 <緊急事態宣言下、全国の入管収容施設では「面会禁止」が続く>

牛久入管収容所がある茨城県は特別警戒区域からの解除が発令されましたが「面会禁止」は全国の収容施設同様に続いています。

これに変わる措置として「電話の取り次ぎ」が始まりました。

 これまで、入管ではKDDIの電話器のみですが、中からは比較的自由に有料のKDDIカードを使って電話がかけられます。でもカードはすぐ無くなり、電話代がかさみます。所持金がない人はKDDIカードを買うことも出来ず、電話も出来ません。そのためか、差し入れ品で喜ばれる筆頭はKDDIの電話カードでもあります。(通常は外部からの電話の取り次ぎはしないのですが)

 今回の代替措置としての入管による電話取り次ぎはどうなったか?と言うと、
@牛久入管の代表番号に電話をします。
A職員が電話口に出ます。
B話したい相手の国籍、名前を尋ねられます。
C面会時の申請書に書かれている内容と同じ様に自身の名前、生年月日、国籍、現住所、電話番号、職業、被収容者との関係、身分証明書の種類・番号、面会の用件がしつこく聞かれます。
D職員からは電話の近くで待つように言われ、いったん電話を切ります。
E30分ぐらいしてから入管から電話があり、相手が呼び出されていて受話器に出ます。
F10分間だけ、会話が出来て,無慈悲に終了。その間、職員はそばで聞いている。

 * これが「外部との電話による通話が出来る」と言われている内実です。言葉の不自由な外国人にとってこれは無理でしょう!せめて電話口の声だけでも聞きたいと思っている家族や友人には全く悲しい仕打ちです。トコトン外部との交通遮断です。何が所内で起きているか伝わりにくくなっています。当方にも内部からの電話はかかってきていて、このところの仮放免の続出と取り残され感が増す被収容者の苦境が伝わってきます。

 差し入れ品の受付は郵送、宅急便のみ受付しています。ただし、知らずに面会に訪れ「差し入れだけでも」と言う方には1回だけ窓口での差し入れも受け付けるらしい。

「三密の解消」と言うコロナ対策のために仮放免の許可が続出しています。
5月18日段階で4月1日から(2020年度)100人以上が仮放免されました。
ただし、イラン人被収容者で凄く長期の人、ハンスト→2週間の仮放免→再収容を繰り返した方々、妻が癌で入院している方が情状での仮放免が認められず,ついに他界し、葬式のために緊急仮放免を求めている方の例など未だ仮放免が認められず、仮放免の基準が凄く恣意的です。三密の解消のためには、被収容者一人につき,各部屋とも一人収容にすることを求めます。
 
 仮放免後の更新が先延ばしにはなっていますが、仮放免後のケア体制は何もありません。
当会は通常に於いても収容令書から通算で6ヶ月以上の収容に反対します。仮放免後は早急に希望する者には安定的な滞在ビザを発給すべきです。 

牛久入管総務に対しコロナ対策を聞く
 

(1)4/13総務の渡辺氏に、牛久入管のコロナ発病・対策について聞いてきました。

A、コロナ発病の報告は入所者・職員ともに現在はありません。

Q入所者へのコロナ対策

@入所者に毎日1枚マスク配布

A各ブロックにアルコール消毒薬を設置

B検温は積極的にしてもらうように呼びかけ

Cコロナの疑いのある入所者へは医師が診察→コロナの場合は所内の隔離室へ

D職員や業者が、入所者に接する施設に入る時は、靴も履き替えている。

Qコロナ感染の場合、外部医療機関はということは考えていないのか?
A今のところは、所内で集団からは離す対応を考えている。

Q職員のコロナ対策
@職員は毎朝、検温、体調確認している。

(2)4/15入管総務の三宅氏にコロナ対策について質問しました

・発熱患者が出たら、別の個室に隔離し、職員が様子を見る

Q医師への連絡は?
A医師が入管に出勤した時には伝えるが、基本的には職員が観察。
高熱ならば、医師にすぐ伝える。

Qコロナ対策は?検査方法、どこで検査するかなどは決めているのか?
Aコロナ患者が今は出ていないので、特に定めていない。
医師の指示に従い、医師の判断で、保健所や病院に連絡。

QPCR検査とはどのようなものかについての職員の共通理解は?研修は?どう検査を進めていくか?
A PCR検査をどう進めていくかは医師の判断。

Qコロナについての職員へのレクチャーなどは?
A特にない

 
 
 

 牛久入管面会事情  2020・4・1&4/8、そして4/15

新型コロナが首都圏を中心に猛威をふるっています。3月下旬から牛久入管に於いても来所者に対する「コロナウイルスに関する対策」の張り紙が貼られ、マスク着用、手指の消毒の励行が言われています。実際,館内の至る所に消毒薬は設置され、面会室に入場の際は係官によって、手指の消毒薬噴射を確認されます。(マスクはそれほど問題にされていない)
 面会室は強化プラスチックで仕切られていますが下部の微細な穴が開いているステンレスの金属板には、テープが貼られ、お互いの息が漏れないようにされています。4月15日には更にプラスチックの板がガムテープで張り付けられました。

 コロナウイルスの影響からか面会人は少なく面会待合室は閑散としています。
 4月1日より牛久収容所も所長以下体制が変わりました。
 面会人にとっての最初に出逢う、入管警備の担当部署である面会班もほとんどが新しい警備官に変更です。例年、面会受付の担当官は人当たりの良さそうな人が選ばれるらしく、今回も担当者は初日の4月1日は必死で、8日にはスムーズに受付け業務をおこなっています。朝一番からの受付では午前中2~3回、午後3回程度の面会が出来ます。

 コロナ状況下、4月に入り大きな変化=牛久入管を取り巻く状況が変わっています。2018年、2019年と仮放免の申請を何回行っても不許可だったのがこの4月、一気に許可件数が増えました。
 4月15日には当方も1件、仮放免の「受け出し」をしましたが少なくともこの日弁護士受任ケースでもう1件仮放免がありました。(13日にも少なくとも2件の仮放免がなされているようです。)
弁護士受任ケースのみならず、行政書士手続きケース、そして一般のボランティアケースでも仮放免の許可が出ています。
 4月15日の面会で被収容者からの情報としても4月中に30人以上に仮放免の許可が出ています。保証金はおしなべて50万が10万に引き下げられ、5万円の方も1人いました。
 15日現在で被収容者数は260名超(定員700名)との事なのでかなりの数の人に仮放免の許可が出ていることが分かります。同時に、品川入管等からの新規移送者も多い。(被収容者数:2月12日・235名、3月4日・251名)
 
 ただし、信じられないことにこの日面会したクルド人=すでに成田で入国を拒否されてから4年以上被収容、そして高血圧の方に「たった今不許可の通知が来た」と紅潮した顔で面会室に現れたケースもあります。彼が面会室に持参したノートには毎日の血圧が書かれています。上が200以上,下が100以上の数値が並んでいます。自分の家族なら・・・どうする!
 大量の薬の投与、ハンストを繰り返した人の摂食障害、未だ仮放免が許可されていない方々,仮放免の申請も出来ていない方々は激しいストレスを抱え込んでいます。問題は山積みです。

コロナウイルスの感染を恐れた入管当局による仮放免許可の続出は被収容者・関係者にとっては喜ばしいことです。当会は6ヶ月以上の長期収容者にはおしなべて仮放免の許可を出すべきと思います。ただし、仮放免後のケアが大変問題です。ただただ、「市中に放り出す」様なことがあってはならないと思います。コロナ対策を仮放免の日以前に充分に教育することも大切です。面会室には誰もがマスクを着けて現れますが仮放免中の生活はどうなるか?心配の所です。
 何の保障もない仮放免者の生活を改善する事、早急に正規の滞在ビザを出すべきです。 

 牛久入管収容所の現状報告 2020年3月10日
 牛久入管収容所問題を考える会  田中喜美子

 昨年6月末日、被収容者総数316名の東日本入国管理センター(以後牛久入管と記す)は本年2月12日には被収容総数が235名、3月4日で251名となっています。昨日3月9日には少なくとも1人のスリランカ人が無理矢理の強制送還になりました。この9ヶ月間で牛久入管では何が起きていたのか?今現在何が起きているのか?を毎週被収容者への面会行動を続けている者として報告します。

 昨年5月9日、1人のイラン人から始まったハンガーストライキは6月、7月と同調してハンガーストライキを始める方々が次々に出て、牛久入管全館を巻き込む100名以上の被収容者による抗議行動となりました。
牛久入管では今までにも数名からかなり大規模なハンストまで頻繁に行われています。多くはリーダー格の被収容者達により声明文が作られ、入管当局に「要望書」を出し、ある一定程度の回答を引き出す、という形でした。
 今回のハンストは、ただ一点「長期収容を止めろ、仮放免を出せ」です。
 背景には昨年6月末現在で316名の被収容者の内、301名が6ヶ月以上の長期収容者、なかでも3年以上収容されている人が49名もいた、何回仮放免の申請を出しても却下され続けている、(人によっては10回以上の方もいる)事へのどうしようもないほどの不満・焦燥・憤りがあると思われます。
成田空港や羽田空港で入国と同時に難民申請を行い、入国を拒否されて「出国命令」後、自分は「難民だ!」と帰国を拒否し、「退去強制令書」発付後牛久に移送されてきた方々、難民申請中の特定活動=6ヶ月ビザが難民申請の不許可とともに更新されず収容された方、難民申請中の仮放免者として長年にわたり更新されていた方で最後に理由も告げられず更新が不許可になった方、2018年難民認定率0.25%です。
 様々な経緯で犯罪に係わり刑務所に服役し、刑期終了と同時に退去強制令書が発付され、地方入管局を経て、または牛久入管に直接移送された方。彼らの多くは日本に家族がいるので帰れない!と送還を拒否し長期収容になっています。勿論、日本人なら犯罪を犯した方でも刑期を全うすれば自由の身です。外国人には2重の刑罰が課されています。
 
 このような方が自らの命を削ってハンガーストライキという最終の手段でもって仮放免の許可を勝ち取ろうとしました。当局は10日間以上ハンガーストライキで体重で10キロ以上減少すると「食事をすると約束すれば仮放免をする」と「仮放免の口約束」をしました。
 昨年7月9日には、ハンスト者中最初の仮放免者としてイラン人4名が許可され、順次仮放免が許可されました。ただし2週間の期限付きで品川入管等に更新に出向いてその場で牛久の職員がまっていました。手錠付きで牛久入管のバスに乗せられ、再収容です。真面目に更新に訪れ、牛久に連れもどされた方々は怒りで抗議行動、懲罰房入りとなっています。送還担当の職員達は「ハンストをしても無駄!すぐ連れ戻される」と再収容者達の懲罰房入りさえ他の被収容者達に見せつけます。おおくの被収容者は怒り更にハンストの渦は拡がりました。当然の様に更新に出頭せず行方不明になる方も多く出現しました。
 再収容者達はすぐさま再度ハンガーストライキを行い、体重の減少と共に「2週間の仮放免」の口約束を取り付け、1〜2ヶ月後には仮放免されます。そして再び更新の際、牛久に再・再収容、そしてまたハンスト・・・と3回のハンストによる仮放免と再・再・再収容を繰り返した方が数名います。
 この繰り返されるハンストによる2週間の仮放免は当該の被収容者に多大な肉体的・精神的ダメージを与えます。真面目に更新も行ったのに再収容され、怒りで抗議し、懲罰房入りとなりました。自らの糞尿を居室にぶちまけ、体中に塗りたくった方が複数名、茨城「こころの医療センター」に入院となりました。退院後、通常の1ヶ月更新の仮放免になった方もいますが、強制退去執行を拒んで成田で大暴れをし、牛久に連れ戻された(2回)方は約4ヶ月以上、懲罰房(2A)に収容され、抗議を込めてこの間一度も洗濯をしない、シャワーは1ヶ月間していない・・・といいます。 
3回にわたってハンスト・2週間の仮放免を繰り返した方々はいずれも「摂食障害」をおこしています。気力は充分ですが固形物は摂れない状態が続いています。
すでに牛久被収容4年のクルド人はこの2週間で6回の自殺未遂を起こしました。そのたびに懲罰房入りです。(昨年の懲罰房入りの際、入管職員による激しい暴行の映像が裁判資料としてメディアに流されました。)シーツやTシャツを破っての首つり、ビニール製品を飲み込んで救急車搬送が2回、本人は「どうしてやったのか分からない」と言います。「4」というブロックにたった1人収容されています。睡眠導入剤、抗うつ剤の多量の投与による意識障害も見られます。

 牛久入管ではハンストは「自傷行為」として懲罰としました。通常1日の内6時間、居室の鍵が開けられる時間があるのですが懲罰房にはそれがありません。'
 ハンストを止めて通常の仮放免を申請している方々の精神的ダメージも激しいものがあります。「ハンストを止めて通常の仮放免を申請すれば次は許可される」と職員から諭された方々に申請後2〜3ヶ月後に次々と不許可が出ています。
 牛久入管内ではいつ再び大規模なハンストが起きても不思議でない状況があります。

 法務省・入管庁は昨年来より「 収容・送還に関する専門部会」を立ち上げ、すでに7回の会合が開かれています。
牛久のハンストや、大村での飢餓死に打撃を受け、なんと「送還忌避罪」の導入などが目論まれています。0.25%の難民認定率の中、難民申請をあきらめずに繰り返す方々に対して「難民申請の誤用・乱用」などと言いなしています。「仮放免」という全く非人道的な制度の中、難民申請者や家族が日本にいる、日本にしか居場所が無い等の理由で送還を忌避して長期収容となっている方々や、長期の仮放免生活者に今度は刑事罰を科そうとしています。こんな入管法の改悪を絶対に許せません。私達の友人知人を国境の壁で分断してはならない。仮放免者に対し,日本で安定した生活が営めるようにビザを出すべきです。

当会は牛久の現状を地道な面会行動によって明らかにしていきます。

 謹 賀 新 年
  牛久入管収容所問題を考える会では、2020年も1月8日(水)から面会行動を開始しました。
 本年開催予定のオリ・パラ大会へのテロ対策と称する外国人(外国籍者)に対する治安対策の強化の中で全国の入管収容施設で仮放免政策がなし崩し的に厳格化=人格破壊攻撃が起きています。
 当会は今年も地道に面会行動を続けることを持って,被収容者との「連帯」を求めて、密室の人権侵害を埋もれさせない行動を続けていきたいと願っています。

牛久入管収容所(=東日本入国管理センター)への面会、第4土曜日の月例会の参加・見学は大歓迎です。毎月発行の通信会員(年会費2000円)も随時歓迎します。

このホームぺージをご覧の皆様!一度面会行動に参加しませんか?

今年もよろしくお願いいたします。

12月25日、牛久入管収容所へ一斉差し入れを行いました。今年は、250人分を用意でき、被収容者ほぼ全員の243名にタオル、石けん、歯ブラシ、洗剤、手帳などを差し入れすることが出来ました。多くの皆さんの協力に感謝いたします。 

   

12月15日 2019年間活動報告会は例年にもまして大盛会でした 
 2019年は牛久の入管収容所を始めとする全国の収容施設における繰り返される人権侵害、被収容者のハンスト、いたましい「飢餓死」等々長期収容問題=日本の外国人政策そのものが問われる1年でした。
報告会では会員各人による日・英、日・韓の難民収容所(政策)の比較、保育士を養成する大学での「近年増加している外国人児童への対応」の実践報告、教会人の立場での入管訪問と「北関東医療相談会」の報告など素晴らしい内容(水準)で行われました。
 織田朝日さんの講演は「となりの難民」出版記念として、本の出版に至る経緯など時にユーモアを交え、さすがに聞かせる内容でした。
 クルドッ子の劇は「学校でのいじめ」を実際に受けた経験を元に演じられ、参加者一同固唾をのんで見入りました。最後にクルドっ子達全員が「私達の将来の夢」を発表。将来の夢が叶いますように・・・。

 100人を超える参加者の皆さん、多くの支援してくださった皆さん、熱心に取り上げて下さったマスコミ各社の皆さん、全ての皆様に感謝!です。

   
   

   

 すぐ隣にある人道の危機    ケース2
 10月30日より11月6日の1週間で牛久入管では重大な出来事があった。収容棟の2A,2Bにいた方々が6A,6Bブロックに移動になりました。
 2A,2Bブロックに収容されている方々はハンスト者もしくはハンストによる体調不良を理由とする「仮放免許可」の内示を受けている方々です。6A,6Bブロックも今年の6月,ハンスト関係者を集めていたブロックです。このブロックは被収容者が集団で抗議行動をした時、等に使用する居室が並んでいます。1993年に作られた建物に有り通常は使用せず、評判は良くありません。独居房、2人部屋がいくつかあります。

 6日に面会した被収容者Aさんによると、10月30日、当方との面会後居室に戻ると同室にいた被収容者Bさんが部屋中のあらゆるもの、壁や窓ガラス、床、置いてあった全ての荷物に彼の大便を塗りたくっていた。自分自身の体にも顔にも・・・。Aさんらの私物、辞書も洋服もコップも歯ブラシも70数枚のCDもCDプレーヤーも全て廃棄となった。「無事だったのは30日に面会したとき着ていた洋服と手帳だけだった」と語ります。この当事者=大便を塗りたくった本人・Bさんにも当方は前週の23日を含め何回も面会しています。塗りたくった方も塗りたくられた方も同室で普段は仲よくしています。国籍は3名とも同じ、ハンストによる2週間の仮放免、その後真面目に更新に出頭し,再収容されました。3人とも難民申請者です。塗りたくった方、通常はとても穏やかな方です。名古屋に南米出身の妻子がいます。

 ハンストによる2週間の仮放免は彼らの人格を破壊し続ける非人道的やり方です。残念な事に彼の他にも2Aと2Bブロックでこの1週間で同様な事が起き、当事者達は懲罰房に入れられ、他の被収容者達は清掃・消毒のためブロックチェンジとなり、多くは6A,6Bブロックに移されました。

出口の見えない長期収容とハンストによる2週間の仮放免と再収容が被収容者達を追い詰めています。過重なストレスによると思われる排泄のコントロールが出来なくなった被収容者は当方が面会している方でもこの7月から11月の間だけでも5人はいます。内一人の青年は約1ヶ月精神病院に入院(11月7日退院、牛久に戻された)しました。
 全ての当事者達(対応する職員も含めて)が極めて追い詰められています。どうあっても帰れない理由を持ち長期収容に耐えている被収容者達に対する人格破壊とも言える現在の収容政策を変えるべきです。少なくとも、2018年以前の仮放免の運用基準に戻し、早期の仮放免を行うべきです。そして、仮放免制度そのものを変え,仮放免者達に正規な在留資格を与えるべきです。

すぐ隣にある人道の危機  牛久入管面会行動から 
 牛久入管収容所問題を考える会は毎週水曜日に定期的に面会行動をしています。
現在、東日本入国管理センター(牛久入管)ではこの国における「人道の危機」と呼べる状況がはびこっています。

10月30日(水)
ケース1 イラン人マジットさん 
彼は10月28日に2回目のハンストによる「12日間だけの仮放免」から牛久入管に再収容されたばかりであった。
仮放免中に電話をかけてきて「28日にはまた収容されるだろうが出頭する」と。
面会室に現れた彼は10月16日(水)に仮放免になったその日より「やせた!」
曰く、「仮放免中の12日間はまた牛久に戻される事を考えて、夜も眠れなかった。食事は1日一食ぐらいしか食べられなかった。本物の不法滞在者にはなりたくないので真面目に出頭している。入管は何がしたいんだ!」と。

 牛久入管で集団的にハンストが始まった早い時期からハンストをしていた彼は7月9日に他の3人のイラン人と共に2週間の期限が付いた仮放免で牛久から解放された。この時の様子は写真付きでマスコミが報じた。その顔写真は穏やかそうにでこやかだった。東京入管に収容されてから合わせて2年5ヶ月後の長期収容者・難民申請者です。

 入管はハンストをして、体重で10キロ以上、日数で10日以上経過すると「ハンストを中止して食事を摂り、血液検査を受けると仮放免する」と伝えます。その後1週間以上経過(ただし、現在は1ヶ月以上仮放免のサイン待ちの人が多い)して体調がほぼ回復した頃に実際の仮放免のサインをさせます。
 保証人と、保証金(当初は10万前後、現在は50万が多い)、住所が確保できると実際の仮放免となります。ただし、2年も3年もそれ以上も長期収容されたあげくの「たったの2週間以内の仮放免」です。期限日に出頭せず、行方不明となる方が多いのも当然!です。ある意味、入管こそが不法滞在者を生み出しています。

 マジットさんは7月22日に再収容され,再びハンストをします。再収容時には品川入管には、牛久入管のバスと職員が待っていて有無を言わせず、腰縄・手錠付きで拘束、終始職員がカメラを回し、牛久に移送、入管の対応に抗議して懲罰房に入れられました。
 8月にはハンスト者が再び増える中、また仮放免の内示が出て「サイン待ち」の状態となります。そして10月16日、2回目の仮放免、1回目の保証金は5万でしたが今回は20万。悩みに悩み、それでも真面目に出頭して、再び収容。頬がこけ、顔が一回り小さくなり、それでもこの国で生き抜くため、入管と闘っています。

どんな事情があろうと有無を言わせず「送還」だけを目指す入管による人格破壊攻撃に抗議します。この国の外国人政策の実情を明らかにするためにも面会行動を続けます。

ナイジェリア人の死因を「餓死」と法務省が公表!長期収容者の仮放免と安定したビザを! 
  10月1日・法務省によって、長崎県にある大村収容所で6月24日、亡くなったナイジェリア人の死因が公表されました。「餓死」そして、「対応に問題はなかった」と。

 法務省の管轄する施設、刑事罰の施設でもない、法務省が言うところの「帰国までの条件が整うまでの船まちば」の施設での「餓死」です。民主主義の国、先進国と言われるこの国で被収容者が餓死するまで放っておかれるとは!対応に問題がなかった・・・とはどういう事なのでしょうか。懈怠そのものです。

 牛久の入管収容所でも、2014年のカメルーン人の病死、2017年のベトナム人の病死と、入管職員による「さ病扱い」されたあげくの見殺しでした。
 日本に在留する外国人の人権、特に「退去強制令書」が発布されている外国人ならどうでも良いのか?最低限の生きる権利さえ守られないのか?
 
 誰もが不当に拘束されない、これは全ての人に認められている基本的人権です。
 牛久や、大村等の入管収容施設での長期収容が問題です。牛久では今年6月時点で被収容者数316人中、6ヶ月以上の長期収容者が301名、3年以上の被収容者が49名もいる事が法務省の公表データでも明らかにされています。
 誰もが出身国に帰れない、帰りたくない理由を持っています。難民申請者や人生の大半を日本で生活してきた方、日本人の家族がいる方、非正規滞在の両親の元に日本で生まれ日本で育ち、日本しか知らない方などです。
 難民申請者の中には成田や羽田などで「日本では難民申請など出来ない!帰れ、帰れ!」と言われ続け、屈せずやっと難民申請、そのまま2年以上収容されている方々がいます。 
 これらの長期収容者達が「命を削る」ハンストを続けています。入管側はハンストで体調が悪化した方についてハンストの中止を「仮放免」の取引材料にしています。ただし、たったの2週間以内です。とことん、ハンスト者に対する精神的迫害です。そして、出頭しないという誘惑と闘いながら「隠れて生活するのは嫌だ」と真面目に出頭しています。そして、即再収容!

 牛久では今再び、ハンストが始まっています。


深刻化する牛久入管の収容実態 
 5月10日一人のイラン人による長期収容に抗議するハンストから始まった牛久入管収容所全体を巻き込むハンストは益々泥沼化しています。

7〜8月にかけてハンスト実施者は当局が2週間以上ハンストを継続し、体重が10キロ以上減少したものに対し「ハンストを中止し、血液検査を受ける事を条件に仮放免の約束を与えた」事もあり、仮放免約束者の増加と新たにハンストを始めるものとがハンスト関係者として100名前後が存在しました。

7月9日、ハンストによる仮放免で4名のイラン人、12日、同じく2名のイラン人と、ハンストによる体調悪化を理由にその後も仮放免が続きました。

今現在、ハンストによる仮放免者は30名以上になると思われます。ただし、これらの方々は仮放免の更新日が10日から2週間と通常の仮放免更新1ヶ月と比べ極めて短く更新日に出頭したものの、再収容となり牛久に即日戻された方、もしくは出頭を拒んで行方不明となった方もいます。

曰く「3年以上も収容され、命を削ってハンストで抗議、それへの入管の回答はたったの2週間弱の仮放免か!」

実際に仮放免が約束されハンストを中止した方々も(再収容者も含め)50名前後存在。約束が実行されないままに2ヶ月以上も待っている方がいます。

再収容者、仮放免約束待機者、通常の仮放免申請者共々大変なストレスを抱え込んでいます。自殺未遂し、懲罰房に収容された方、体調が悪化している方が増え、これらの方々から再びハンスト者が出始めています。日本に絶望して帰国する方もいます。これが「外国人に対するお・も・て・な・し=安心・安全な国作り」なのでしょうか?

入管庁は早期退去の施行を繰り返し発表、国内外の長期収容に対する批判に対し、統計上2週間の仮放免でチャラにしようと画策しています。

「帰国を拒んで」長期収容に耐えている方々=難民申請者や日本に家族がいる方々、人生の大部分を日本で暮らしている方、外国籍の両親の元に生まれ日本で成人になった方・・・このような方々に対し、早期の仮放免を執行し、同時に安定的ビザを与えるべきです。

8月29日現在 
 牛久入管収容所では、100名規模の被収容者によるハンガーストライキが断続的に続いています。
ハンストを行い体調が悪化し仮放免になった方々で少なくとも7名が、たったの2週間で再収容されています。
すべての被収容者達に取り返しの付かない精神的・肉体的ダメージを与えつづけています。
法務省公表のデータによると2019年6月現在、東日本入国管理センターには、316名が収容され、6ヶ月以上の被収容者は301名、内3年以上の方は、なんと49名も存在します。
長期収容をただちに止め、仮放免者には安定的なビザを出すべきです。

 牛久入管では、現在も100人規模のハンガーストライキが継続中

 入管当局は、ハンスト者が体重で10キロ以上減、日数で2週間以上になると「ハンストを止め、血液検査を受けたら仮放免になる」と仮放免許可の内示を出します。これらの仮放免許可の内示を受けた待機者が大勢います。彼らは、当局発表のハンスト者数には含まれません。当局は、「ハンストで命を落とす」という最悪の事態を食い止めようとの狙いがあるのでしょう!

 しかし、現在起きている事として、ハンストを停止して、仮放免となり2週間で再収容された方たちが出ています。彼らは、再収容に怒って、再びハンストを始めました。また、仮放免更新の期間がたったの1週間の人も出ています。命を削るハンストをして、たったの1週間の仮放免しか与えられない(更新されるか?疑問です)、長期のハンストで受けたダメージは2週間程度の仮放免生活では元に戻りません。

 入管の長期収容は、内外からの厳しい批判にさらされています。刑務所のような刑事施設ではなく、行政処分の施設で5年以上も長期収容されている、「帰国を拒否する」人々が2年も3年以上も収容されている人権侵害の事実を隠すための「一時仮放免」ではないかと疑う声も出ています。一度仮放免して統計的には「収容日数を1日から」にする!姑息なやり方ではないでしょうか。
 仮放免制度のより柔軟な適用により長期収容の実態を改善することが求められています。


 
東日本入国管理センターにおけるハンスト者達の健康を憂慮し、貴センターでの長期収容の中止と、仮放免制度の柔軟な適用を求める申し入れ (7月24日)
 出入国在留管理庁長官殿
東日本入国管理センター所長殿

牛久入管収容所問題を考える会
          2019年7月24日

 東日本入国管理センターにおいて5月初旬より、1人のイラン人がハンストに入りました。そして、その後次々にイラン人がハンストに入り、他の国の方も同調してハンストを始めています。320人前後が収容されていると思われる貴センターにおいてすでに100人以上の被収容者がハンストという、食を絶ち、自らの命を削ってまで行動に出ています。自分たちがおかれている境遇について、いわゆる「犯罪者」でもないのに何故いつまでも収容=拘束されるのか、と早期の仮放免を求め、際限のない長期収容に抗議をしています。

 当・牛久入管収容所問題を考える会は長年面会行動を続けているNGOです。ハンスト者たちが掲げている「無期限の長期収容をやめて欲しい=仮放免制度の柔軟な適要を!」は極めてまっとうな要求であると思われます。
 
 <人身の自由は人権の中でも最も重要かつ基本的人権である。.裏返せば人身の自由の制約は生命の剥奪に次ぐ最大限の人権制約のひとつであり、人身の自由の保障は最大限に認められなければならないし、その制約は最小限でなければならない。> 貴センターでの長期収容の現実・実態はこの国際人権法からほど遠いと言わざるをえません。

入管当局は2018年12月末現在で6ヶ月以上の長期収容者は被収容者325名中306名と公表しました。特に2018年からは数えるほどしか仮放免の許可が出ていません。裁判での精神科医の証言、毎日、インシュリン注射が必要な方、癌患者であることが認められた方など極めて重篤の病者にのみ仮放免が適用されました。長期収容者の被収容日数は増加の一途です。3年以上の長期収容者が増加し続けています。彼らは一様に終わりなき長期収容に絶望感を募らせています。精神的・肉体的に健康を害している方がほとんどです。


 6月24日には長崎県大村収容所においてナイジェリア人サニーさんが長期のハンガーストライキ後、水や食べ物を受け付けない「拒食症と思われる症状」でお亡くなりになりました。全国の収容施設、牛久の被収容者の間にも大変な衝撃が走っています。

 この件に関して7月2日には山下法務大臣が閣議後会見で「健康上の問題などで速やかな送還の見込みが立たない場合は、人道上の配慮から仮放免制度を弾力的に運用する」と説明しています。

貴センターにおいても7月4日にはハンストはしていないが長期収容が原因と言える拒食症になり水も食べ物も受け付けなくなったクルド人が仮放免されました。
 7月9日には、ハンストを行っていたイラン人が4名、7月12日は2名、7月23日には1名が仮放免されたと聞きます。彼らは皆一様に体重が激減し、健康を害していました。今後も仮放免の内諾を頂いている被収容者が数多くいると聞きます。貴センターの判断は歓迎すべき事です。
ただし、ハンスト者の仮放免の期間が2週間!と言うことには驚きを禁じ得ませんでした。たかだか2週間では長期にハンスト行い健康を根本的に害している被収容者の健康を取り戻すことは到底あり得ません。

そして、大変な驚きと怒りを禁じ得ないことが起きてしまいました。7月22日朝、仮放免の更新に品川入管を訪れた2名のイラン人に対し、待機していた職員により、仮放免の更新の不許可と牛久への再収容が行われました。
 彼らの心情を察するに言葉を失うほどの衝撃があります。たったの2週間で彼らの精神的・肉体的健康は取り戻せたのでしょうか?安定的な生活の中でのみ長期に収容されたことから来るPTSD(心的外傷後ストレス障害)などが軽減されるのではないでしょうか。
 全くもって、今回の蛮行は国際的人権問題、人道問題です。牛久入管においてもハンスト者はもちろんのこと全ての被収容者達に怒りの抗議行動が起きています。不測の事態が起きる可能性すらあります。

 外国籍者ということだけで無期限収容を続ける事はやめるべきです。当会は、仮放免制度を柔軟に適用し、長期収容者が大量に滞留している状態を一刻も早く改善することを申し入れます。

 ハンスト者達の健康に充分注意し、彼らが不利益を被らないよう重ねて強く申し入れします。


 日本弁護士連合会第62回人権擁護大会プレシンポジウムを土浦で開催。
「国際レベルでの人権保障とは?」
講演1として、「牛久入管における収容の実態」と題して牛久の会から話させてIT頂けることになりました。
是非、多くの方のご参加をお願いします。
 

東日本入国管理センター(牛久収容所)では、現在収容所全体でハンガーストライキが起きています。この国で生きるために死をもかける覚悟での抗議行動です。彼らの最大の要求は「長期収容を止めよ!」です。
7月12日現在、体調悪化に伴い6人のハンスト者が仮放免決定しています。ただし、2週間の仮放免更新と、体調が戻り次第再収容もあるという紙を渡しています。

まず、第1に、長期収容者は、早期に仮放免を許可して欲しい。
そして、第2に、仮放免者には安定的に生きられるビザを出すべきです。 

6月19日現在、牛久入管では、20人以上の被収容者がハンストに入っています。当会では19日にセンター所長宛に申し入れを行いました。以下、申し入れ書の全文です。 
 東日本入国管理センターにおけるハンスト者達の健康を憂慮し、貴センターでの長期収容の中止と、仮放免制度の柔軟な適用を求める申し入れ

東日本入国管理センター所長殿

牛久入管収容所問題を考える会
          2019年6月19日

貴センターにおいて5月初旬より、1人のイラン人がハンストに入りました。そして、その後次々にイラン人がハンストに入り、他の国の方も同調してハンストを始めています。すでに10人以上の被収容者がハンストという、食を絶ち、自らの命を削って自分たちがおかれている境遇について、何故いわゆる「犯罪者」でもないのにいつまでも収容=拘束されるのか、と抗議をしています。

 当・牛久入管収容所問題を考える会は長年面会行動を続けているNGOです。ハンスト者たちが掲げている「無期限の長期収容をやめて欲しい=仮放免制度の柔軟な適要を!」は極めてまっとうな要求であると思われます。
 
 <人身の自由は人権の中でも最も重要かつ基本的人権である。.裏返せば人身の自由の制約は生命の剥奪に次ぐ最大限の人権制約のひとつであり、人身の自由の保障は最大限に認められなければならないし、その制約は最小限でなければならない。> 貴センターでの長期収容の現実・実態はこの国際人権法からほど遠いと言わざるをえません。

入管当局は2018年12月末現在で6ヶ月以上の長期収容者は被収容者325名中306名と公表しました。2018年から現在に至るまで数えるほどしか仮放免の許可が出ていません。裁判での精神科医の証言、毎日、インシュリン注射が必要な方など極めて重篤の病者にのみ適用されました。長期収容者の被収容日数は増加の一途です。3年以上の長期収容者が増加し続けています。終わりなき長期収容に絶望感を募らせています。精神的・肉体的に健康を害している方がほとんどです。
 難民申請者や家族が日本にいる方など「国籍国に帰ることが出来ない」被収容者達に柔軟な仮放免の適用をお願いします。

 残念ながら、昨日18日より通常は使用されていない6Bブロックという懲罰房にハンストを行っている方々を移動させました。居室内にテレビは無し、鍵のかかった居室から廊下に出ることも認められない(フリータイム無し)、運動時間もない、シャワーだけが認められている、というものです。
 ハンスト40日を超え体重が激減している方など医務室に隣接された、静養室=病舎に収容されていた方を含め、懲罰房ブロックにハンスト者を押し込める。このような処遇のあり方は益々ハンスト者達を精神的にも肉体的にも追い詰めるものです。
 病舎のベットに横たわっていて不完全ながらも医療関係者の注意も向けられていた方を6Bの独居もしくは2人部屋に収容するなどは暴挙としか言えません。

6月20日は「世界難民デー」です。出入国在留管理庁下での各入管収容施設での処遇環境、長期収容の実態は日本も批准している難民条約の精神に照らし合わせても到底看過できない状態と言わざるをえません。

 日本を目指して多くの国の人々が「夢と希望を抱き、生きる活路を見つけるためにも」難民・移民として訪れます。出入国管理のあり方、日本ではどのような生活だったのか、世界の目が向けられています。グローバルな世界の中で生きている私たちは牛久入管収容所で起きている事が世界に繋がっていることを考えるべきと思っています。
 
 外国籍者ということだけで無期限収容を続ける事はやめるべきであり、仮放免制度を柔軟に適用し、長期収容者が大量に滞留している状態を一刻も早く改善することを申し入れます。

 ハンスト者達の健康に充分注意し、彼らが不利益を被らないよう重ねて強く申し入れします。

 6月14日現在、牛久入管収容所においてイラン人7名とスリランカ人の1名がハンガーストライキを行っています。一番始めにハンストを始めたイラン人はすでに1ヶ月以上になり、続いて次々に彼に同調してハンスト者が出ています。無期限の長期収容に抗議しています。すでに4名の方が医務室隣の病舎(静養室)に収容されていますが点滴も拒否し少しの水しか取っていません。

どうあっても国籍国に帰れない被収容者に対して、6ヶ月を超える長期収容は中止すべきです。

 

 6月12日現在、東日本入国管理センター(牛久入管)では6名のイラン人が順次ハンガーストライキに入っています。

彼らの要求は「無期限の全件収容をヤメロ!」と現在の牛久入管における長期収容の常態化に抗議しています。(難民申請者やどうしても帰国できない事情を抱えた方達が2年、3年と、あるものは5年以上も収容されています。)

最初にハンガーストを始めた方はすでに1ヶ月以上が経過、医務室となりの静養室に収容、もう一人の方も静養室で横たわっています。

昨年(2018)2月28日、当時の法務省入国管理局長名で出された「被退去強制令書発付者に対する仮放免措置に関わる適切な運用と動静監視強化の更なる徹底について(指示)」以降各入管施設に於いて厳しく仮放免の適用が制限され、被収容者達の精神的・肉体的疲弊は著しいものがあります。

当会は様々な事情を抱え、出身母国に帰ることが出来ない方々の長期収容に抗議します。仮放免制度の弾力的運用と在留の正規化を求めます。


 牛久入管は詐術を弄してトルコ国籍クルド人を強制送還しました。これに対して5月15日センター所長宛に抗議文を出しました。
 抗 議 文

2019年5月15日
東日本入国管理センター 所長殿

 私、牛久入管収容所問題を考える会・田中喜美子は長年貴センターにおいて被収容者との面会行動を行ってきました。
 今回、2017年5月より貴センターに収容されていたトルコ国籍クルド人Aさんが突然、無理矢理の強制送還が執行されたことに対し、非常に驚くと共に送還の状況が難民条約の精神を逸脱する法治国家とは言い難い執行であったことに抗議するものです。

 トルコ国籍クルド人であるAさんは2017年3月に仮放免の更新が不許可になり品川入管に収容され、同年5月より貴センターに移送・収容されていた長期収容者です。2011年にトルコから成田に着き上陸拒否に逢い、貴センターで7ヶ月間収容され、仮放免を受けていました。貴センターへの収容は2回目の再収容者でした。今回、仮放免の更新が不許可になり品川入管に収容された理由について、彼は「個人情報」の開示請求を出していました。入管より出されたものは全面墨塗りの書類でした。彼は牛久再収容以来、「難民申請の結果も出ていなかったのに、何故仮放免の更新が不許可となり、収容となったのか?」と問い続けていました。
 その日午前の運動時間中、職員により「インタビュー」と呼び出されたAさんは他の同房者の元には二度と戻ってこず、お昼頃には彼の荷物を職員がまとめて持ち去りました。

 後日、Aさんと連絡を取れた親戚によると
 送還担当者により「難民申請が却下された。仮放免申請も本日ダメになったのであなたは帰るしかない」と言われ、これに対し彼は「難民の再申請をする、帰らない」と応えたが、職員により「難民の再申請は出来ない、受け取らない、帰るしかない」と言われる。また「弁護士と相談したい」と求めた彼に「出来ない」といわれた。成田空港には手錠、ロープでまかれ連行され、空港では4人の職員と共にトルコに連れて行かれた。 と言うものです。

 代理人である弁護士とも連絡も取らせず、あらかじめ入念に予定されていた退令の執行、多くの詐術をろうしていることに深い憤りを感じます。
長年面会をしていた友人として、今回の退令の執行に抗議し、本人の同意無き退令の執行を今後とも停止するように求めます。

 4月10日申し入れ後、東京司法記者クラブにて記者会見を行いました。その模様をアップして頂きましたので、リンク先を公開します。少し長いですが、是非ご覧下さい。
 https://youtu.be/aiKndOFArUk

 4月10日(水)入管当局に申し入れ書を提出しました。
 申し入れ書のリンクはこちら

 法務省・入管局は非人道的長期収容を中止すべきです。
 全国の入管施設に於いて、長期収容が常態化し、帰国できない様々な事情を抱えた人々が長期収容の過度なストレスから精神的・肉体的な問題を多発しています。
 品川入管では3月12日、13日とクルド人難民申請者の病気治療を求めて、夜を徹して家族・支援者による激しい抗議行動が起きました。関係者の二度の救急車出動要請に対して、入管当局は追い返すのみでした。品川入管でも増えている14ヵ月という長期収容者です。家族(小学生を含む)との分離、クルド難民です。抗議行動の中で品川入管は13日午後、やっと彼を病院に連れて行きました。

 牛久入管では、3月3日、イラン人難民申請者が自殺未遂を行いました。23才になったばかりの青年で、イランから2017年6月に羽田に着き、上陸拒否に会い、品川入管を経て牛久に収容されています。難民申請者でまだ日本の地を見ていません。他にもイラン人、クルド人、その他の国々から来日し、上陸拒否にあった難民申請者が長期収容されています。牛久入管収容所では過大なストレスから自殺未遂、自傷行為、職員や被収容者間のトラブルが続発しています。

 当会では、法務省から公表された東日本入国管理センター(牛久入管収容所)の収容日数について2013年からの6年分をひとつにまとめました。2017年、2018年と長期収容の実態が浮かび上がります。

 

  当会では、法務省公表の資料だけでは明らかにならない、収容令書から(東日本一帯から=成田、品川、横浜、名古屋の地方入管事務所)の通算での収容を明らかにすべく、昨年11月より、牛久入管の被収容者に対する実態調査を行いました。大変な人権侵害の実情が浮かび上がりました。今後順次公開します。 

牛久入管差し入れ可能品  
  衣類・靴(紐付きはダメで受付でひものみ取る)、日用雑貨・洗剤、シャンプー、ティッシュなど、(未開封、密閉容器に入ったもの、ただし缶詰、ガラス容器に入ったものはダメ)ペットボトルに入った飲料水はダメ、果物、お菓子、ナッツ類はダメ、新聞、雑誌は可能、マヨネーズ・ケチャップ唐辛子などの香辛料はOK(瓶づめはダメ)珈琲紅茶ココアなどは未開封のビニール容器、袋詰めならOK、砂糖もOK、カップヌードル、カレーなどのレトルト食品は賞味期限が日本語表示してあるものはOK。

遠方から大きなペットボトルを抱え込んで無駄骨にならないように・・・。 

牛久入管の食堂が1月16日より2月19日まで営業再開しました。職員(500円)一般(600円)バイキング方式、食堂の従業員さん達は愛想の良いおばちゃん達です。料理は中華系が多く良心的で美味しい!全国の入管職員の研修期間のみ営業です。 
2月20日以降、またしても食堂は休業。面会の私たちはお弁当持参です。

 謹賀新年  牛久入管収容所問題を考える会は2018年12月26日と新年1月9日に東日本入国管理センター(牛久入管収容所)の被収容者全員(330人超)に対し、タオル、石けん、洗剤、歯ブラシ、ノート、ボールペンを一斉差し入れしました。多くの皆さんの支援と御協力に感謝!

   

12月16日年間活動報告会は大盛況でした。
牛久収容所の状況は極めて厳しいですが、19年も変わらず面会活動を続けていきます。皆さま、よろしくお願いいたします。 
 
 

 牛久入管事情

 12月6日まで3Aブロックから7Bに部屋替えさせられていたハンストの中心的存在だった脇山さんが朝洗濯室で倒れ医務室で点滴治療となりました。(脇山さんは皆が中止する中、お一人でハンスト続行中でした。)
食堂の営業が休止! 
12月5日、牛久収容所で張り紙が出されました。12月10日(月)より食堂の営業が休止。(つまり営業は7日・金曜日まで)
今後は研修生が来ているときだけの営業になるということです。

職員も、食堂で働いている従業員も「今朝、突然言われた!自分達もどうなるのか?」
びっくりです。 通常利用者が少ないのはわかっていたが・・・利用していた職員、面会者は昼ご飯を持参しないと昼食抜きになりかねません。売店も月曜、木曜のみの営業です。外注・民営化は「儲からないと撤退です」

   

牛久入管収容所では11月20日(火)の朝食より約30人がハンガーストライキに入っています。以下の文は彼らのハンスト宣言です。署名付きですが、当会は掲載をひかえました。長期収容の是正を求めて様々なブロックで「所長の説明を受けたい」と抗議行動が頻繁に起きています。10月18日に3Bブロックで行われた抗議行動への入管の弾圧をマンガに描いたものも掲載します。 

 
 

 

イラン人難民申請者の絵をさらに紹介します。彼はいまだに収容されています。
 

  9月26日、水曜日・牛久の会の定例面会日です。牛久入管では長期収容が増え続けています。
 この日も3年5ヵ月収容されているイラン人の仮放免が不許可になったと聞きました。
 面会しているクルド人もこの日、仮放免が不許可になりました。昨年3月に品川入管で仮放免の更新が認められず収容され、2018年9月26日 現在も牛久に収容され続けています。
 中東地域、トルコ国内で民族差別と弾圧にさらされているクルド民族です。日本政府はクルド人を難民として認めるべきです。

 
被収容者のイラン人難民申請者がこんな絵を描いて自分たちの境遇を訴えています 

 被収容者から見た牛久入管収容所  午後の居室外自由時間(pm1時〜4時半)を多目的ホールで過ごす。
 

8月19日牛久の会恒例のバーベキュー!!楽しく・美味しく・和気あいあいと。 

 

牛久入管収容所問題を考える会では7月18日(水)に東日本入国管理センター(牛久入管)
に対して抗議の意味を込めて以下の申し入れを行いました。
 
 2018年7月18日
申し入れ書
東日本入国管理センター所長殿

 当・牛久入管収容所問題を考える会は、東日本入国管理センターにおいて長年にわたり被収容者に対し面会行動を行っているNGOグループです。
 国内外情勢の激動下、外国人の方々が日本国と関わる最初と最後の機関をになう出入国管理は「人の安全保障」の観点からもますます重要となっており、退去強制令書の発布に伴う貴センターへの収容は、国際的な人権尊重の基準に基づく人道的配慮がより求められているとの思いから以下の申し入れをいたします。

 貴センターにおいて4月13日、インド人男性が自殺するという悲しむべき事件が起きました。そして、彼の死を悼み貴センターに於いて、多くの被収容者による処遇の改善や長期収容の是正を求めるハンガーストライキが起きました。また、多くの収容棟から被収容者の連名による貴職宛の「手紙」も発信されています。
 貴センターによる「処遇に問題はない、同様なことがないようにする・・・」との記者発表がありましたが当会が把握しているだけでも5月には4件・3名の自殺未遂、6月にも自殺未遂や自傷行為が相次いでいます。度重なる重大な自傷行為、自死、病死に対し施設運用管理責任者として、その責任は極めて重いと言わざるを得ません。

 「本邦からの退去までの施設」という公式見解を楯にどうあっても帰れない事情を持っている方々に対し、無理矢理の帰国を迫る対応を改め、仮放免制度の弾力的運用を求めます。
 特に現在、長期収容者の存在が顕著です。貴センターが公表しているように「2016年には年間30~40人程度であったのが、現在は150人程度」、6月段階で被収容者数340人前後の中で半数の方々が長期収容というのはあまりにも異常なことではありませんか?
 長期収容者の中には重篤な病気を訴える方々、1日30錠以上、抗精神剤・痛み止め・睡眠導入剤等々を服薬をしている方も多くいます。被収容者の方々から「いつ誰が死んでもおかしくない状況」等という言葉が発せられるのは全くもって異常事態であります。

 以上、当会は長期収容の是正を強く求めます。同時に「仮放免の許可」判断の長期化については被収容者の精神的重圧をより増している・・・との思いから改善を強く求めます。

牛久入管収容所問題を考える会 
  連絡先:つくば市 田中喜美子


牛久入管被収容者からの手紙 
 
 

 6月20日世界難民デー行動に牛久と品川で起ち上がりました。
 

 

 5月30日に申し入れ書提出しました。
           申し入れ書
2018年5月30日
東日本入国管理センター所長殿

当・牛久入管収容所問題を考える会は5月2日に貴センターに対する申し入れ書を提出いたしました。そして5月30日までに「当会の申し入れに対する貴センターの回答」を求めました。

当会の申し入れは4月13日に貴センターで自殺されたインド人の悲しむべき事態に対し貴センターでの収容のあり方、施設運用管理責任者としての処遇に疑問を呈すものでした。

4月14日のマスコミ向け広報に於いて「同様の事故がないように努めていく」と発表していましたが、大変残念なことに貴センターに於いては自傷行為・自殺未遂が相次いでいます。
5月14日の日系ブラジル人、5月18日のカメルーン人、5月20日のトルコ国籍クルド人と国籍、収容の経緯、収容ブロックも異なっているにも拘わらず次々と起きています。センター全体を自殺願望の連鎖が覆っているか?のようです。3名とも大事には至らなかったものの日系ブラジル人の方は「精神病院に措置入院となった」と聞きます。心が壊された!のです。

 貴センターに於いては、特に今年に入り、各ブロックの被収容者達から連名による「長期収容の是正を求める」所長宛の手紙が出されています。
被収容者達から発せられる「10回以上も仮放免の申請がダメだった」、「2年、3年以上収容されている。」を聞きます。
 どうあっても帰れない事情を持つ方々が長期収容となっています。希望が見いだせない、これは人間にとって大変辛いことです。
 人身の拘束という極めて重い人権の制約に対し、より柔軟な人道的配慮にもとずく仮放免の許可を出すべきです。

当会は5月2日に提出した「申し入れ」にもとづき、改めて貴センターにおける長期収容の停止、処遇の改善を求めるものです。

     牛久入管収容所問題を考える会

5月2日(水)牛久の会で東日本入国管理センターに対して申し入れ。その後、記者会見をおこないました。 
 
 

インド人難民申請者Dさんの自殺に関する報告と入管当局に対する抗議文
牛久入管収容所問題を考える会  田中喜美子
 
 東日本入国管理センターのマスコミ向け広報によると「4月13日(金)午前11時44分頃センター内・シャワールームにおいてインド人被収容者(30代)が首にタオルを巻き付けて意識不明の状態で発見され、1時間後に搬送先病院で死亡が確認された」とあります。また「この男性は入管難民法違反(不法残留)で収容され退去強制処分になっていた」とも発表され、同センターは「同様の事故がないように努めていく」とコメントした。

 同日(13日)午後3時過ぎにはこのインド人が収容されていた建屋の被収容者から「となりのブロックのインド人がシャワールームで自殺したらしく警察が来たりして大騒ぎになっている、どうなっているのか調べて欲しい」との電話が入りました。他の関係者からも電話連絡が入り、徐々に今回の事態が明らかになってきました。
1.Dさんは、日本に2017年4月17日に3ヶ月ビザで入国、インドで反政府政党に加盟しており、これを理由として難民申請を行っていた。
2.難民申請が却下され、同時に2017年7月13日に品川入管に収容された。12月21日に退去強制令書発布に伴い、東日本入国管理センター(牛久入管)に移送された。
3.2018年4月12日、牛久入管で仮放免申請が却下されていたことを知る。
4.4月13日、午前中の自由時間にシャワー室に入る。11時30分の自由時間終了後居室に戻らない彼がシャワー室で倒れているのが発見された。

これが当局広報の「入管難民法違反(不法残留)で収容、退去強制処分」の実態です。

インドからの政治難民として入国してから1年、そのほとんどを収容施設の中で拘束されていたDさん、彼の人生、絶望や悔しさを思うとき、日本の入管法・難民認定法の無慈悲さを改めて思い知らされます。
そして、この難民申請者Dさんに課せられた運命は昨年の難民申請者19628人、認定20人、人道配慮45人の現実そのものです。今年1月12日に法務省が発表した「難民認定制度の適正化のための更なる運用の見直しについて」が引き起こした事態といえます。

 今、牛久入管を始め全国の入管収容施設で長期収容が増加しています。1年以上、2年、3年と収容され続け仮放免申請が次々と不許可になり、ストレス、絶望から自傷行為や自殺をほのめかす人も多くいます。
 難民申請の却下、仮放免順守事項違反(生きるために仕事をしていた、隣の県に行った。牛久入管にはアパートの2階から3階に移っただけで住所変更届違反で2年以上収容されている方もいる。)
では日本からの退居を拒み、長期収容になっている方々はどんな人達なのでしょうか?皆さんどうあっても帰れない理由があるからです。家族がいたり生まれも育ちも日本の方もいます。難民申請者も多いのです。
長期収容は精神的にも肉体的にもダメージを与え続けます。当会は長期収容に絶対に反対します。

 東日本入国管理センターに対して、施設管理責任者として、難民申請者Dさんの自殺を引き起こした責任者として「同様なことが起きないようにする」との広報を実行していただきたい。そして、職員に対しては人道的配慮にもとずく人権教育の徹底、「制圧行為の際、自分の名札を外す」等と言うことは言語道断であると指摘したい。

東日本入国管理センターへのアクセス (最寄り駅からのバスの時刻表) 
 JR常磐線、牛久駅とひたち野うしく駅が最寄り駅です。かつては牛久駅発のバスのみでしたが 現在はひたち野うしく駅からもバスの便が出来ました。バス代はどちらも480円。両方からのバスの時刻を参考に上手に面会等をして下さい。
(なお、面会受付は月〜金までのAM9時からPM4時)
 
タクシーの場合は牛久駅、ひたち野うしく駅とも入管センター(牛久入管)まで3千円程度、車で高速利用は圏央道「牛久・阿見」出口 から5〜6分

東日本入国管理センター(牛久入管収容所)に於いては2017年後半頃より仮放免の許可が中々出されず、中には10回以上も仮放免申請が不許可になるケースも出てきています。2年、3年もの長期収容者が増えています。彼らは、日本に配偶者や家族がいる方、日本で生まれれた方、幼少時に親に連れられ来日、そのまま成長した者、帰国すると身に危険がある難民申請者も多くいます。様々な理由があって日本からの退去を拒んでいる方々です。
牛久入管収容所問題を考える会は彼らから所長宛手紙のコピーを託されました。

3月13日、14日にかけて入管内で9A(9B)ブロック、8Aブロックのほとんどの被収容者が「所長に直接以下の手紙を渡したい。聞き入れられなければ午後4時半からの開放時間終了後も部屋に戻らない」と帰室拒否=各居室前廊下に座り込みを行いました。
当局は無理矢理、部屋に押し戻しましたが各ブロックの警備責任者が所長宛の「意見箱」に手紙を投函させました。
 手紙に対する回答は未だありません(3月28日現在) 

 
 
 

 
 

 2017年末〜年始、牛久被収容者に差入れ。ノート、ボールペン、タオル、石けん、歯ブラシなど。ご支援ありがとうございました。
 


東日本入国管理センター(牛久入管)であまりにひどい警備担当職員による被収容者への処遇に対し、「この様なことがあってはならない」の告発の意味を込めてここに公開します。 
                            牛久入管収容所問題を考える会

 2017年9月15日 牛久入管被収容者(フィリッピン人)からの手紙より
 ・・・
 さしあたっての私の問題は健康で、胸痛、高血圧があり、またストレス性胃炎や嚥下障害があり、食物が喉にひっかかった感じがします。
 毎日25錠の薬を服用していますが、時々排尿障害もあり、夜中に3〜4回トイレのために目が覚めます。
 検査のために病院へ行きましたが、結果は異状なしということで、これらの症状は服用中の薬の副作用ではないかと思っています。
 8月25日の午後6時に胃痛の薬4錠、骨のためのビタミン剤と鎮痛剤2錠を服用したところ、2時間半後に全身にひどい痒みをともなうじんま疹が出ました。
 これによりひどいストレスを感じ、血圧がかなり上がりました。入管のスタッフは私の全身を氷嚢で冷やしましたが治まらず、何故か主任が私に5分間も冷水シャワーを浴びるよう命じました。
 シャワーのあと身体を拭いてテーブルの前に座ったところ、数分後に再び主任がシャワーを浴びるよう命じましたが、目まいを覚えたため立っていられないと伝え、テーブルに伏して眠ってしまいました。彼らが私の名前を呼んでいたのは判りますが、とても小さな声で遠くから呼ばれているようで、それ以上のことはまったく覚えていません。時刻はおそらく午後9時ごろと思います。誰かが私を揺り起こしましたが、まだ目まいが治まらず、頭痛がして左脚が痺れていました。
 入管係員が私に、ここは病院ですべての検査(CTスキャン、MRI、X線、血液など)がすでに終了したと私に知らせてくれました。
 私は生きていることを神に感謝しました。時刻はおそらく午前0時半だと思います。
 医師がやってきてすべての検査が終わり、あなたの健康には何ら問題ないので帰ってよろしいと言い、装着されていたすべての機材(心電図、血中酸素飽和度など)を取り外しました。
 彼らは私を車椅子に乗せて、入管に戻ったのはおそらく午前1時半ごろだったと思います。
 私の身に何が起こったのかわかりませんが、彼らは私を2日間個室に収容しました。
・・・

日本語翻訳 W.A

日本政府・法務省はクルド人難民申請者・仮放免者に正規の滞在ビザを出せ
牛久入管収容所問題を考える会  田中喜美子 
 シリア・中東情勢の悪化に伴い、クルド問題が大きくクローズアップされています。現在、日本には多くのトルコ国籍クルド人達が暮らしていますが、彼らの出身地トルコでは、昨年7月の軍事クーデター未遂事件後、エルドアン大統領の強権政治が強まり、人権状況が非常に悪化、教師、学者、医師、警察官、兵士ら公務員を含む15万人以上が解雇され、クルドの著名な国会議員やアムネスティ・トルコ支部理事長を含む5万人が逮捕・拘束されています。クルド人居住区スール地域では50万人が家を取り壊されこの地から追い出されています。クルド人の自治区拡大要求に対し厳しい人権弾圧が繰り返されています。
 在外トルコ人に対しても、反政府の考え(ギュレン師を支持する)を持つ者としてNBAスターのカンター選手が、旅券が無効化されルーマニアの空港で拘束され、トルコへ強制送還されそうになったように反政府の考えを持つ者に対しては旅券の無効化=強制送還方針を打ち出しています。

 日本で定住ビザのあるクルド人も8月、2名が一時帰国したイスタンブール空港で相次いで拘束されました。その後1名は日本に戻ることが出来ましたが8月11日にイスタンブール警察に逮捕されたワッカス・ドンダルさんは事業資金、日本に住む知り合いからゆだねられたクルド人達へのプレゼントとして多額の現金を持参していたために逮捕・拘留されています。トルコのマスコミはテレビを含め当局の発表として「PKKに対する資金面でのサポーターの日本のリーダーを逮捕」として大々的に取り上げています。フェイスブックの写真が「クルドの旗の前」で撮られていることを理由としています。国外に暮らすクルド人が自らのアイデンティティーとしてクルドの旗の前で写真を撮ることは広く行われていることです。これを「PKKの支持者」の証拠として、逮捕・拷問・拘留し、裁判で5年以上の刑になる・・・こんな事が許されていい訳がありません。日本政府・外務省、UNHCR・日本事務所はトルコ政府・大使館に強い働きかけをすべきです。日本で家族を持ち、会社経営者であるドンダル氏を1日も早く日本に戻して下さい。

 日本でも品川入管や牛久入管にはクルド人難民申請者達が収容令書や退去強制令書が発付され、「収容」という名の拘束を受けています。結婚を間近に控え、また結婚したばかりの方達も相次いで収容されています。幼い子供を含め妻子と分離され収容されている方々も多くいます。かつてトルコで電気ショックの拷問に掛けられた経験を持つ青年、デモで逮捕され、その後も定期的に治安当局から自宅を監視されていると語る方、「トルコの軍隊に入れば同じクルド人同士が闘わされる」と兵役を拒否し来日した青年達、これらの方々が難民申請の不認定、仮放免の更新不許可で収容されています。また、仮放免後の生きるためのアルバイトや自動車事故の被害者であるにも拘わらず「移動制限地域外での事故」=「旅行許可証を得ていない」として収容されています。
 トルコの政治状況、特にクルド地域での人権状況を考えた場合、全てのクルド人に条約難民としてビザを出すべき事情があります。収容されているクルド人達は日本での庇護を受けられないばかりか拘束されていることに強いストレスを受けています。今年に入って当会が把握しているだけでも品川入管に収容・再収容されたクルド人4名が品川入管から精神病院に入院させられています。退院後も品川入管に連れ戻され懲罰房に収容されている方もいます。あまりにも異常な状態です。即刻、仮放免を許可すべきです。

 第2次安倍政権時、安倍首相が外国の首脳と会った回数で一番多いのはトルコのエルドアン大統領でした。原発の輸出、大型のインフラ輸出等、中東の最大の親日国として経済的にも密接な関係を持っています。そして、この地からの難民申請者クルド人達には一人の難民も認められていません。現在の中東・トルコ情勢とクルド問題を考慮した場合、日本に暮らすクルド人たちに難民条約の締約国としての当然の義務である難民認定・「在留特別許可」を出すべきです。収容などということはあってはなりません。そしてクルド人に限らず、どうあっても母国に帰ることを拒否している方々の長期収容はやめるべきです。


 
8月20日 今年も夏のバーベキュー交流会を楽しみました。
日本にいる外国人(特に難民申請者・仮放免者)を取り巻く環境は法務省・入管局の対応
が厳しさを増しており、「生きること」そのものが大変になっています。秋からの17年後半、
「連帯・団結」の力を強めて頑張りましょう!参加したクルドっ子達を始め、全ての外国
にルーツを持つ子供達の未来のためにも
 

6月20日は「世界難民の日」です。 
 世界中で最悪の難民・移民の流出が続いています。日本の狭き難民・移民受け入れの象徴・品川入管前で20日(火)午前11時半〜午後1時までキャンペーンを行います。また、当日の午後4時からは、牛久入管の最寄り駅・JR牛久駅前で行います。
下記のパンフレットを配布する「世界難民の日」キャンペーンへの参加と協力をお願いします。 



 5月10日(水)牛久の会は、被収容者の処遇について下記の申し入れを行いました。
2017年5月10日
東日本入国管理センター所長殿
警備担当上席係官殿
処遇担当上席係官殿                     
                     牛久入管収容所問題を考える会

          申し入れ書

 当・牛久入管収容所問題を考える会は、東日本入国管理センターにおいて長年にわたり被収容者に対し面会行動を行っているNGOグループです。
 国内外情勢の激動下、日本国と関わる最初と最後の機関をになう出入国管理は「人の安全保障」の観点からもますます重要となっており、退去強制令書の発布に伴う貴センターへの収容は、国際的な人権尊重の基準に基づく人道的配慮が求められているとの思いから以下の申し入れをいたします。

 貴センターにおいて3月25日、被収容ベトナム人が「くも膜下出血」にて亡くなりました。このベトナム人に対する職員の対応は、多くの被収容者が感じている「入管に見殺しにされた」そのものです。17日夜の最初の発作で救急搬送していれば助かった命かもしれません。その後も24日まで激しい痛みを訴えていた当該に真摯に対応していれば、今回の事態は避けられていたのではありませんか?「早く仮放免をしてもらえたくて嘘をついている」等と他の被収容者に言っていた事は許されることではありません。人道上、非常に問題があったと思われます。
 貴センターにおいては2014年3月にはイラン人とカメルーン人が相次いで病死し、入管の収容のあり方、特に医療体制に多くの問題が指摘されました。この時の教訓をなんと考えているのでしょうか?当会は3月29日に貴センターに対し、誠意ある回答を求め、緊急の申し入れをしました。

1.貴局の職員に対し、人権教育を徹底すること
2.早急に常勤の医師を確保すること
3.看護師等の医療関係者を24時間・365日体制で常勤させること
4.外部病院への通院をより柔軟に認める。その際、腰縄・手錠等はしないこと
5.処遇の改善、特に午後4時半以降の居室外自由時間の延長すること

 本日、上記申し入れに加えて改めて以下の申し入れを行い、これに対する貴局の回答を求めます。

一、被収容者の権利
被収容者のそれぞれの言語において「退去強制令書」「処遇細則」「被収容者であっても受けられる権利」を説明する。
二、収容期間
収容は6ヶ月を超えない。
退令発布後の収容が1年以上の長期収容者が存在する。長期収容により、肉体的・精神的にダメージを受け、仮放免後または帰国後PTSDを発症、社会生活への不適合などがないように配慮する。

三、仮放免
@仮放免をより柔軟に適用する。可否判断は1ヶ月以内に行い、不許可の場合はその理由を明示する事。
成田等で上陸拒否になった難民申請者に対しては難民条約等の国際法上の観点からも早期の仮放免許可をする。その際、仮放免の条件としての保証金・保証人の確保に関してより柔軟に配慮する。
A拘禁性のストレスから発症する精神的な障害に対しては重篤化する前に仮放免を適用する。
B収容施設での拘束により、病気を悪化させるおそれがある者は早期に仮放免を適用する。
C特に、日本に家族(子供)がいる方には早急な仮放免を許可する。

四、医療体制
@医師の診察無く薬を処方しない。
A外部医療機関(専門医)への通院診療は、申出書受領後速やかに行う。
B診療時希望する者には通訳(同国人の被収容者も含む)をつける。
C要求に応じて診療記録、診断書は入手可能であることを周知徹底する。

五、収容施設
@運動時間の現行40分程度から1時間への延長する。
A夕食後、夜間居室内移動自由時間を再度午後6時から9時まで設ける。
B差し入れ可能品はさらなる拡充する。
C窓のスクリーンを外す。
D家族面会の制限や家族面会室の仕切りはなくす。

六、その他
@チャーター機による一斉送還、同意無き退令の執行等を無くし、被収容者が裁判を受ける権利、在留特別許可の道を開く事。
A貴局に関わるNGO、NPO、被収容者との話し合いに応じる事。
                             以上

連絡先:牛久入管収容所問題を考える会 
茨城県つくば市高野1159-4 田中喜美子(029-847-5338)

収容所内から、6名連名の手紙を掲載します。 

 
 
 
 

 ベトナム人死亡についての申入書
                 申 し 入 れ

東日本入国管理センター所長殿
処遇及び警備担当上席係官殿
               2017年3月29日

 当・牛久入管収容所問題を考える会は貴センターにおいて被収容者に面会ボランティアをしているNGOです。
 3月25日(土)、会員の元に「同じブロックのベトナム人が未明に亡くなった」という電話が入りました。真偽を確認するため消防署に問い合わせたところ、「確かに緊急出動要請があった」の答え。
翌 26日のマスコミ報道によると、「入国管理センター収容中の男性死亡」の見出しで、25日、収容中のベトナム国籍の男性が死亡したと発表した、との記述、死因は不明で、司法解剖する予定。
 発表によると、同日午前1時頃、単独房で就寝中の男性が寝返りなどをしないことに職員が気づき、呼びかけたが応答もなく、確認したところ意識や呼吸がなかった。救急搬送されたが同2時20分頃、病院で死亡が確認された。・・・中略・・・     同センターは「現時点で処遇に問題はなかった」としている。と有りました。

 27日(月)、当会の会員、及び他の面会者が当該が収容されていた7Bブロックの各収容者に面会に入りました。7Bブロックは単独房で6名全員と面会、ここでの聞き取り、そして、同ブロックで収容以前より親しくしていたベトナム人は事の経過を手紙にしたためて当会の会員に手渡しました。
 当該ベトナム人(グエンさん)はかつてインドシナ難民として28年前に来日。5年ほど前に服役によりビザを消失。以降、仮放免状態が続いていた。4ヶ月ほど前に仮放免の更新が不許可になり名古屋入管に収容、今年3月初旬に品川入管収容、その後今月中旬(10日?)頃、東日本入国管理センターに移送されてきました。

 グエンさんは牛久入管収容時より体調がすこぶる悪く、当初は9Aブロックに収容されていましたが1日中職員に「痛い!痛い!」と訴えていたようです。18日より7Bブロックの単独房(209室)に移されていました。3月20日頃よりは特に背中、首、胸の痛みを職員に訴えていたが職員からは「うるさい、黙れ!!」と怒られていた。
 3連休明けの22日には7Bブロックの誰もが気の毒がるほどグエンさんが痛がったので皆で職員を呼んで「早く医者に診せてくれ」と要求。やっと医者に連れて行ってもらえたが痛み止めと湿布剤が出されただけだった。
 また、ご飯をずっと食べてなかったので本人が「おかゆご飯がほしい」とお願いしていたが担当に「駄目!」と言われた。1日に1本牛乳を飲むだけだった。
 3月23日、グエンさんは痛々しく叫んでいた。職員は外部病院に連れて行かず「静かにしろ」と言っていた。

 3月24日(金)、朝からグエンさんは「痛い、痛い!」と叫んでいた。夕方まで職員 はグエンさんを見にも来なかった。
 16.30頃 自由時間が終わり居室に入り点呼
 19.00 グエンさんの部屋は静かになっていた。
 22.00職員(1名)が各居室の灰皿、ライターの回収。グエンさんの返事無し。
   その後、職員2名が再度廊下から声をかけたが返事無し。
 22.15職員3名がカギを開け、グエンさんが倒れているのを発見、AEDを行う。
 25日1.00 救急車到着、救急隊員(3名)グエンさんを担架に乗せ、カメラが 設置されている通路で形だけの心臓マッサージがされた。
 1.15 救急隊員より職員に死亡が伝えられ、死後硬直が始まっている・・・とのコ  メントも伝えられた。

 3月26日のマスコミ報道によると、北村晃彦所長は「現時点で処遇に問題はなかったと考えている」とのコメントを発表していましたが7B ブロックの被収容者の聞き取りからは「入管に見殺しにされた!」との告発はオーバーではないと思われます。
 病死か自死かの問題以前に牛久入管当局の被収容者に対する処遇に問題があると言わざるをえません。
 いかなる被収容者といえども人道的配慮に基ずく処遇を受ける権利があります。

 牛久入管においては過去、2010年2月には日系ブラジル人、4月には韓国人が自殺、2014年3月にはイラン人とカメルーン人が相次いで病死 とかけがえのない命が失われました。入管の収容のあり方、特に医療体制に多くの問題が指摘されました。これらの教訓をなんと考えているのでしょうか?

 牛久入管収容所問題を考える会は貴局に対し、以下の申し入れをします。誠意ある回答を求めます。
1.貴局の全ての職員に対し、人権教育を徹底すること
2.早急に常勤の医師を確保する。
3.看護師等の医療関係者を24時間・365日体制で常勤させる。
4,外部病院への通院をより柔軟に認める。その際、腰縄・手錠等はしない。
5.処遇の改善、特に午後4時半以降の居室外自由時間の延長を求めます。


牛久入管収容所問題を考える会・田中喜美子
            連絡先 〒300-2642 つくば市高野4459−4 
                 п@029-847-5338 
3月29日(水)当会は、25日に東日本入国管理センターで起きたベトナム人死亡事件について、厳重なる抗議及び申し入れを行いました。また、彼が収容されていた7Bブロックの被収容者から連名の手紙が発出されています。順次掲載致します。 

 
 3月20日埼玉県川口駅前でクルド人たちのネブロスが開催された。

(牛久の会通信2月号から抜粋)。
 米国大統領・トランプによる中東・アフリカ7カ国に対する120日間の入国禁止、、中でもシリア難民に対する無期限の入国禁止方針に米国内を始め、世界中で大きな抗議行動が起きています。シリアやイラクを始めとするこれらの国は米軍主導の多国籍軍の激しい空爆を受け、生きていくのが出来ない状況を強制されている=国土を滅茶苦茶にされた国だらけです。
 もっとも日本の入管・難民政策は実態を見ればトランプの移民・難民政策と似たり・・・の状態。

 法務省入国管理局から「平成28年における難民認定者数等について(速報値)」が発表されました。過去最多の10.901人の難民申請で前年より3.315人の増、認定は28人で前年より1人増。
 
 驚くほどの難民認定者数の少なさです。特に軍事クーデターの未遂があったトルコに於いては、エルドアン大統領の強権支配が強まっており軍部の粛正に留まらず、政権に批判的と見なされた法曹界、警察、教師等の投獄、マスメディアの閉鎖等々、人権状況に対する懸念や批判が相次いでいます。シリア危機につながるトルコ・クルド地域に住む人々が日本に庇護を求めてやってきています。このクルド人達には相変わらず一人も難民認定者はいません。
 牛久にも品川にもクルド難民申請者が上陸拒否や、難民認定の却下で大勢収容されています。 

2016年年次活動報告会を皆さんのご協力で盛況のうちに終えることが出来ました。そして、28日牛久入管被収容者への一斉差入れ行動を行いました。来年もよろしくお願いいたします。 

 
 


参加と賛同・カンパのお願い 
 牛久入管収容所問題を考える会は、入管収容所への面会行動と面会行動を通じた難民・難民申請者、滞日外国人との交流を活動の基本とするボランティアグループです。当会は今年も1年間、牛久入管収容所への面会行動を続けてきました。その成果と課題を来る12月25日(日)、つくばイノベーションセンターにて開催する「活動報告会と交流のつどい」をもって皆様方と共有したいと思います。

 気候の変動も激しい年でしたが世界の政治経済体制も激しく揺れ動いています。英国のEUからの離脱、米国大統領選での「反移民」を掲げたトランプ氏の勝利、韓国では朴クネ大統領の退陣を求めるデモ、デモ、デモ。シリア、イラク、トルコをめぐって中東危機のさらなる激化と戦後最悪の難民の発生、予断を許さない東アジアの緊張関係、アフリカ諸国特に南スーダンにおける内戦の激化と自衛隊PKO活動、書き出したらきりがない激動の世の中、根本の問題は何か?解決の道はどこにあるのか?
 移民・難民として生まれ育った地を離れざるをえない大量の人々を生み出したこの新自由主義にNO!を。世界中で吹き出しているヘイトクライム、排外主義と戦争の問題を共に考える機会にしたいと思っています。
 
 この国の外国人政策の根幹・入管収容所の問題=「収容・たたきだし」政策について問題提起します。同時にこの国で暮らす正規・非正規を問わない外国人との交流を通じて彼・彼女たちの「生きぬく力」を共有したいと考えています。  例年、楽しみな「クルドっ子達の劇」、外国人部会で活動されている弁護士の講演、仮放免者等に無料の医療相談会を開催している北関東医療相談会のお話。参加外国人たちとの対話・自由討論を通じた意見交換と交流、弁護士による法律相談なども予定しています。

 どうぞ、つくば市イノベーションセンターに足をお運び下さい。なお、賛同カンパにつきましては、会の運営費、年末年始に例年行っている「牛久入管被収容者への差し入れ品」の購入等々に使わせて頂きます。ご協力お願いいたします。

11月6日 国際共同行動・労働者集会に参加しました。



 夏、やっぱバーベキューでしょう!

8月21日  豪雨と台風の隙を狙ったかのようなバーベキュー日和。通常は仕事の都合などがあって面会行動には参加出来ない会員さんも参加。仮放免者の家族連れを含めバーベキューは賑やかにおおいに盛り上がりました。今年惜しくも参加出来なかった方、来年こそ是非に! 

6月20日は「世界難民の日」です。 
 当日、当会は、お昼前後に品川入管にて抗議行動、午後から夜までは、JR常磐線牛久駅頭で難民の日キャンペーンを

展開中です。短時間での参加も大歓迎!どうぞご一緒に。
 

BBCニュースジャパンで牛久収容所の内部が取材されました。

なぜ日本は難民をほとんど受け入れないのか

2016年06月8日

ドイツやカナダで難民認定を申請すると、その約40%が認められる。英国では30%以上だ。

しかし日本では、認められるのはわずか0.2%。しかも判断を待つ間の扱いは過酷だ。

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ東京特派員が報告する。

 
 リンク http://www.bbc.com/japanese/video-36476470

 牛久入管の門が変わりました。
 

 2016年4月27日 入管へ申し入れ書を提出しました。
  申し入れ書

東日本入国管理センター所長 北村晃彦 殿
東京入国管理局長 伊東勝章 殿
                     牛久入管収容所問題を考える会    2016年4月27日
当・牛久入管収容所問題を考える会は、東日本入国管理センターにおいて長年にわたり被収容者に対し面会行動を行っているNGOグループです。
 2016年度となり貴局の新体制に際し、国際情勢の激動下、この国と関わる最初と最後の機関をになう出入国管理が「人の安全保障」の観点からもますます重要となっており退去強制令書の発布に伴う貴センターへの収容とその処遇は更に人道的配慮が求められているとの思いから以下の点について申し入れをします。

一.被収容者のそれぞれの言語において「退去強制令書」について説明すること、  被収容者であっても受けられる権利を説明すること。
一.長期収容の是正、収容は6ヶ月を超えないこと。
  退令発布後の収容が通算で5年に及ぶ方が現在もいる。名古屋入管、品川入管で2ヶ月以上(1年近く)収容され、牛久に移送されたケースが多く見受けられる。精神的、肉体的に仮放免後または帰国後PTSDの発症、社会生活への不適合など無きように配慮する。
一.仮放免のより柔軟な摘要。
  成田等で上陸拒否になった難民申請者に対しては難民条約等の国際法上の観点からも早期の仮放免許可をすること。
一.どうあっても帰ることが出来ない「出国拒否者」=日本に家族がいる者、日本にのみ生活の基盤がある者等の同意無き強制退去の執行はしない。
一.被収容者への医療体制の改善を求めます。
@医師の診察無く薬を処方しないこと。
A外部医療機関(専門医)への通院診療を認めること。
B外部医療機関への通院に際しては手錠・腰縄付きを廃止する。
一.処遇の改善について。
@運動時間の現行40分程度から1時間への延長。
A夕食後の夜間居室内移動自由時間を再度PM6時から9時まで設けること。
B差し入れ可能品のさらなる拡充を求めます。
一.チャーター機による一斉送還、無理矢理の退令の執行、大村収容所への移送等、被収容者が裁判を受ける権利、在留特別許可の道を閉ざさないで下さい。
一.貴局に関わるNGO、NPO、被収容者との話し合いに応じること。
            以上
連絡先  茨城県つくば市高野1159-4 (п@029-847-5338)
              牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子            

 ネブローズ ピローズバ!Newroz pirozbe!
 3月20日(日)埼玉県蕨市の蕨市民公園でクルド人たちのネブローズ祭が盛大に催されました。日本に難民申請をしているクルド人たち1500人が参加、毎年参加者が増え、民族衣装を着た女性たちが多く加わり、賑やかになっています。
 トルコを含むクルド地域ではネブローズ、イランではノールズ、アフガニスタンはナウローズ、新しい季節の始まりを祝う催し(春を喜ぶ)があります。
 クルド人たちの間では「悪政を倒す日―闘いののろしを知らせる火をたく」としてネブローズがあり、トルコ各地・クルディスタンにおいて、ネブローズ祭は弾圧され、装甲車に囲まれての祭り、参加するのも軍や警察との闘いでした。近年は政府による規制が和らいできたようでしたが、今年はトルコ情勢は激動下にあり「何があってもおかしくない」状況にあります。
 20日、蕨での盛大なネブローズ、クルド音楽が流れ、男も女も踊りを楽しみ、ケバブには長い行列、美しいクルド女性の民族衣装。こんなにも多くのクルド人達が日本にすんでいるのか!を実感しました。


長期収容者の存在を隠すマジック 
 牛久入管収容所問題を考える会は年末年始にかけて、会として把握出来ている被収容者約160名に対し、タオル、石けん、歯ブラシ、ノート、ボールペン、手帳の一斉差し入れを行いました。多くの方々のご協力と賛同、有り難うございました。

 この差し入れ行動・被収容者への面会を通して、年末の「年次活動報告会」資料のために法務省の係官を通じて入手した東日本入国管理センター(牛久入管)の現況報告(2015年11月30日現在)中、収容期間別被収容者数に疑念がある事を見つけました。

 今年最初の一斉面会日・1月6日(水)、当会の面会参加者が上記「牛久入管の収容期間別被収容者数」に統計と合わない被収容者が存在するのではと疑問をもちました。実際に面会している複数の会員が「日系ブラジル人が2011年3月から収容されている。この3月で5年の長期収容である。」との証言。法務省・入管局からの回答では3年以上の被収容者は0となっています。
 早速、牛久入管の総務課にこの日系ブラジル人の存在について問い合わせしました。すると、けんもほろろで頑なに「誰から得た現況報告か?問い合わせにコメントすることも回答するかどうかを回答することも出来ない」の1点張りです。あまりの不誠実な対応に「何か不都合なことがあるのかな?」とも勘ぐりたくなるようでした。

 1月12日(火)、東日本入国管理センターの現況報告の問い合わせに回答して下さった法務省の係官にこの日系ブラジル人の存在について問い合わせを行いました。秘書官の入管局、牛久入管への問い合わせへの回答によると、「2011年3月から収容されている日系ブラジル人は存在する。ただし、この方が2012年の12月、一時期他の収容施設に移されていたのでそれ以降のカウントとなる。従って2年6ヶ月以上3年未満1名に該当する。」というものでした。

 1月13日(水)、本人に確認すべく当方が面会すると「間違いなく牛久のみでもうすぐ5年になる」とのことです。当方が「品川とか、大阪とかに行ったことがないか?」の問いかけに「2012年12月に2泊3日で品川に難民のインタビューに行った」ことを記憶していました。

 被収容者がインタビューのために品川入管(成田などにも)に2〜3日移送されることはよくあることです。この時本人の荷物は全て持参します。しかし、品川から戻ると同じ部屋にまた収容されます。牛久から品川、そして牛久に戻る過程で通算被収容日数が途切れるなどとは誰も思ってはいません。

 長期収容が問題です。当会は6ヶ月以上の収容で難民申請者等の「帰国を拒んでいる方」「帰れない事情を持っている方」には仮放免の弾力的運用を求めています。 当該の日系ブラジル人も定住者として25年前に来日、もうブラジルには両親は亡くなり、兄弟もいません。間違いを起こし服役しましたが日本人なら刑期が終われば自由の身です。内外人平等の原則からしても、二重の刑罰を受けているか?のようです。勿論、入管は「帰国を望めばすぐにでも帰れますよ!」というかもしれませんが、彼も含めて「どうあっても帰れない」人にとっては非常に厳しいものがあります。「納得のいかない収容の現実に」肉体的にも精神的にも痛めつけられます。「人の安全保障」などと言うとき真っ先に日本における「出入国管理・難民認定法」を問題にすべきと思います。

 それにしてももうすぐ5年、誰が考えても人権上問題がある長期収容です。牛久入管はこの現実を隠蔽したかったのでしょうか?まずはこの日系ブラジル人が2011年3月から異常にも長期に収容され続けているという現実を認めるべきではないでしょうか。そして、早期の職権仮放免、日系人としての定住ビザに戻すべきと考えます。(1月15日 文責:田中)


 


2015年次活動報告会の最後に記念写真を撮りました。


 2015年・牛久入管収容所問題を考える会活動報告会は実り多い会でした。
 戦後最悪の難民流出の時代 日本の出入国管理・難民認定法が問われています。
 体制側にとって「不都合な」外国人は「全件収容・たたき出す」と言う政策の根幹、入管収容所に面会行動を続けている当会は1年間の活動を通してこの国の外国人政策の酷薄さ、入管施設内で何が起きていたのか?を明らかにしてきました。
 報告会では「難民から学ぶ世界と日本」を刊行されたばかりの山村医師の講演、面会行動者の報告、牛久入管等収容施設での弁護活動に携わっている3名の弁護士による「実務者から見た収容問題、難民認定の現状・特に難民参与員の資質を問うひどさ」が怒りを込めて報告されました。
 バングラデッシュ人22名のチャーター機による送還、被収容者のコミュニティからの分断、品川入管から大村収容所への移送、個々人レベルで繰り返された無理矢理の強制送還、相変わらずの医療問題と相変わらず多い難民申請者等の長期収容等々と人道的に許し難い国際人権規約にもとる処遇に対する現状報告が基調の提起としてなされました。
 仮放免者の発言、クルド難民によるシリア・クルド問題の現状報告、クルドっ子たちの劇・・・この国で生き抜く道を切り開いている人々の話は希望と活力を参加者に与えました。

 当会は被収容者304名(12月10日現在)にたいし2016年も地道に面会行動を続けていきます。 まずは年末年始一斉差し入れとしてタオル、石けん、歯ブラシ、ノート、ボールペン、手帳を名前のわかる被収容者150人以上分を用意しました。多くの方のご協力に感謝いたします。
( 活動報告会報告集が必要な方はメールでお知らせ下さい。)

  2015「牛久の会・年次活動報告会」基調提起  田中喜美子

                           「収容・たたきだし」からこの国で生きる権利を!

世界中で難民問題がクローズアップ
 トルコでのG20を目前にした11月13日、フランスでISもしくはISの支持者と見られるフランス国籍の青年達(1名はシリアからギリシャで難民申請)による、同時多発テロが起きた。彼らは「オランド大統領によるシリア空爆抗議」を掲げていました。多くの人々が惨劇の被害者となりました。
 実行犯達の絶望的なテロにたいし、「テロでは未来は生み出せない,悪政を倒すのは人々の連帯・団結を求めてやまない行動だ!」と言いたい。同時にこの事件の根本原因には、大航海時代から第一次世界大戦を経てヨーロッパ帝国主義による植民地のぶんどり合戦、第二次世界大戦後のとりわけ石油資源を巡る米国、ソ連の軍事介入がこの地の人々に大変な苦難を強制している事にあります。シリアにおけるアサド政権の悪政に対して立ち上がった人々の闘いは中東地域全域を含む内戦となっています。

 有志国連合による空爆、IS(イラクへの軍事介入の過程で米軍が陰に陽に育成した)の台頭等々による地上戦の激化はシリア国民約2200万人の内半数、国内避難民700万人、国外に約400万人を難民と化しました。
 「テロとの戦い」は新たな憎しみを生み、世界的な文化遺産もインフラもお構いなしの戦闘は人々の生活を根こそぎ破壊しきっています。
 トルコ軍によるロシア機の撃墜は新たなロ・ト戦争の始まり、この地の支配を巡り「第3次世界大戦は始まっている」とも言われる最悪の事態を生み出し、EU等を目指す人々の列は留まりません。厳しい冬の季節を迎え、シリア難民は命の危機にさらされています。

 世界経済の減速、新自由主義の破産は世界支配を巡り、各国で階級対立を生み出し、差別と排外主義、戦争が煽られています。難民を受け入れ、難民を生み出さない世界を目指す、世界中の私とあなたの真価が問われています。「自由と人権を守り抜く」人々の団結・連帯行動をつなげ続けましょう。

日本の難民政策
 9月29日、安倍首相は常任理事国入りへの支持を熱望せんが為か、有志国連合の一員として、ニューヨーク・国連での一般演説で難民問題対策に970億円を拠出すると宣言しました。ただし、記者会見では日本にシリア難民は「受け入れない」とも表明、「少子・高齢化対策が先」とピントはずれまくりです。
 紛争当事国、中東地域・アジア・アフリカ、中南米から日本にも多くの難民・移民が訪れています。ただし、日本では難民としての庇護も受けられず出身母国よりひどい生活を余儀なくされている方が大勢います。
 日本では昨年5千人の難民申請があり(今年は更に増加)ましたが難民認定はたった11人。ネパール、トルコ(クルド人)、スリランカ等が多くを占め、シリアからの難民申請者もいます。ただし、難民として認定された方は3名のみ、人道配慮による特別在留(サポートは無し)が38人です。
 
 国際的批判の中で法務省は難民申請中の特定活動者の激増に「紛争待避機会」と言う在留資格の新設とアフリカで虐待を受ける女性などを想定した「新しい形態の迫害」を追加しました。しかし、一方で難民認定の審査の厳格化を徹底するといいます。全国の収容施設からの仮放免者の存在(帰国を拒否する人々)を問題視しています。
 新年早々から始まった読売新聞等による「偽装難民キャンペーン」は政府の「難民は受け入れたくない」を民間レベルで後押しする差別・排外主義そのものです。正規・非正規を問わない滞日・在日外国人をどれほど傷つけたでしょうか!当会が関わっている牛久入管の被収容者も大変な屈辱を受けたと読売新聞に抗議行動を起こしました。

牛久入管面会事情
当会は今年も1年間、面会行動を続け、被収容者達の様々な問題に向き合って来ました。「どうあっても帰れない」被収容者にとって長期収容、医療問題は根が深く、相変わらず外部病院への受診を申請しても「1ヶ月先」や、被収容者のプライドをとことん傷つける腰縄・手錠付きでの通院が続いています。
 個々人段階での無理矢理の「退去強制」も執行が続きました。
 西日本入国管理センターの閉鎖に伴い名古屋入管から牛久入管への移送があり、一方での品川入管から大村収容所への移送という被収容者にとっては「自主退去」の強制とも取れるコミュニティからの分断、非人道的措置も執られています。                             資料添付
 11月25日には牛久からの仮放免者を含むバングラディシュ人22名にたいしチャーター機による一斉送還が強行されました。裁判を受ける権利を奪い、結婚予定があるとか、個々の事情を全く認めない法務省のやり方は国家暴力そのものです。来年度もチャーター機の予算が組まれています。様々な角度からの批判と対応を検討したい。
 処遇で改善が見られたのは40分間の全日運動、午前午後とも温シャワーが出るようになった。夜間の電話が隔日交代で可能になった。
 外部への委託事業による売店が月曜と木曜のみ営業になり、外部からの被収容者への差し入れは以前より大幅に品目が可能になった。子供への配慮か?キッズコーナーが作られたり、障害者用駐車スペースが確保された。

牛久入管収容所問題を考える会にご参加下さい。
 当会はこれからも地道に面会行動を続け、この国の外国人政策と向き合っていきます。面会行動、定例会への見学・参加、通信読者への登録をお待ちしています。国境を越えた人々の連帯と団結の輪を作っていきましょう。



 

 牛久入管収容所問題を考える会・2015年活動報告と交流のつどい
参加と賛同・カンパのお願い

 牛久入管収容所問題を考える会は、入管収容所への面会行動と面会行動を通じた難民・難民申請者、滞日外国人との交流を活動の基本とするボランティアグループです。当会は今年も1年間、牛久入管収容所への面会行動を続けてきました。その成果と課題を来る12月20日(日)、つくばサイエンス・インフォメーションセンターにて開催する「活動報告会と交流のつどい」をもって皆様方と共有したいと思います。

 安倍政権による安保関連法案の強行突破に対して連日国会周辺、全国各地で万を超す人々が闘いに立ち上がりました。この闘いは現在も沖縄辺野古基地建設反対闘争、原発再稼働=福島への帰還強制に抗議する行動、TPPや消費税増税、大学の産・軍一体化と闘う人々へと続いています。安倍政権は山積する国内問題を審議すべき臨時国会も開催することが出来ず唯一の乗り切り策としてG20やASEAN首脳国会議、武器輸出と原発売り込みに走っています。
G20を目前にしたフランスでのISのテロをも利用した「テロとの戦い」を唯一の旗印として、世界的な新自由主義の破産を取り繕うとしています。
 
 新たな戦前を思わせる時代の中でこの国の外国人政策の根幹・入管収容所の問題について1年間の面会行動によってより明らかになる「収容・たたきだし」政策について問題提起します。同時にこの国で暮らす正規・非正規を問わない外国人との交流を通じて彼・彼女たちの「生きぬく力」を共有したいと考えています。 例年大変好評を博している「クルドっ子達の劇」、収容所での医療相談を行っている山村医師の報告、参加外国人たちとの対話・自由討論を通じた意見交換と交流、弁護士による法律相談などを予定しています。

 どうぞつくば市インフォメーションセンターに足をお運び下さい。なお、賛同カンパにつきましては、当日参加予定の外国人の旅費の半額負担、及び報告会の運営費、年末年始に例年行っている「牛久入管被収容者への差し入れ品」の購入等々に使わせて頂きます。ご協力お願いいたします

 毎月発行している「牛久の会通信168号」(10月18日発行)から、紹介します。

 国際的に「難民問題」がクローズアップされています。報道等で見るEUを目指すシリア地域、中東、アジア・アフリカからの難民の決死の脱出行に心が痛みます。

  9月29日安倍首相は常任理事国入りへの支持を熱望せんが為か、ニューヨーク・国連での一般演説で難民問題対策に970億円を拠出すると話しました。ただし、記者会見では日本にシリア難民は「受け入れない」とも表明!!「少子・高齢化対策が先」と相変わらずピントがずれている!と言うか?何というかです。うがった見方をすれば,970億円で難民を生み出す側の為政者に日本の金で日本の武器を買え!と言うことか。

 法務省から9月に「第5次出入国管理基本計画」が発表されました。昨年、難民申請者5000人に対して難民と認めた方が11名、国内外で大きな懸念・批判にさらされました。このことに対応するためか,「難民認定制度の運用の見直しの概要」も同時に公表されています。
 この中で
 1.新たに「紛争待避機会」という保護対象(難民認定ではない)の位置づけがされ、
 2.アフリカで虐待を受ける女性などを想定した「新しい形態の迫害」が難民認定に追加された。
 ただし、基本は制度の「乱用を押さえるため」に「審査の仕組みの厳格化」を強調しています。(26年末までの仮放免者4388人の存在を法務省は特に気にしているようです。)

牛久入管事情
*被収容者は,スリランカ、トルコ(ほとんどがクルド人)、イラン、フィリピン、中国、ネパール、ベトナム、アフリカ各国、ブラジル、ペルーなど多岐にわたる。

*名古屋入管からの移送者が増加、彼らは名古屋ですでに1年近く長期収容され、又再び牛久で長期化している。大変なストレスを抱え込んでおり、人道上問題がある。しかも許し難いことに,当会が把握しただけでもこの8〜10月にかけて無理矢理の「強制退去」が4人の名古屋からの移送者・フィリピン人に対して強行された。
 10月8日・AM5時過ぎ1B ブロックに収容されていたフィリピン人に対して20人前後の入管職員が部屋に乱入、寝ていた彼をベットから連れ去った。彼には永住者の妻(フィリピン人)がいて子供が4人、2人は元夫の日本人との子、2人が彼との子・・・残された妻子はどうなる?

*9Aブロックから被収容者39名の連名で牛久入管のセンター長宛「要望書」が出された。
要望書の内容は以下の2点について改善・配慮を求めるものでした。

1.外との電話会話は夜間が多いので、夜間の電話使用をもっと延長してほしい。
注;電話使用時間はAM9時20分から11時30分までとPM1時から4時半までの居室外自由時間(=フリータイムと称す)及び隔日の夜間PM7時〜8時、もしくはPM8時〜9時の1時間です。
2.家族や知人からの差し入れ品、特に食べ物について多くは不許可になっている。もっと認めてほしい。(以上筆者要約)

 処遇についてはセンター長の裁量権で各収容施設でばらつきが多い。牛久の場合は特に長期収容者が多い事も含め、より柔軟な処遇を要求していきたい。

*仮放免の許可は順次出されているように見られるが、牛久収容3ヶ月過ぎ頃から特にストレスを抱え込み、体調が悪化している方が多い。

8月最後の日曜日・8月30日、毎年恒例の「バーベキュー・交流会」決行しました。
トルコ国籍クルド人ファミリー,シリア国籍クルド、イラン、バングラデッシュ、韓国と様々な国籍を持った難民申請者達と会員,支援団体,弁護士とのバーベキューは大いに盛り上がりました。牛久の収容所で同じ時期に収容されていた仮放免者が久しぶりの再会に大喜び!の光景。多いに食べ、多いに飲み、語り、はしゃいで,最後は花火!楽しかった。
 今年参加できなかった皆さん,来年は是非、一緒に楽しみましょう!交流を深め合いましょう。


   

2015年6月例会の報告です    田中喜美子
例会は参加者の自己紹介を兼ねた近況報告から始まります。

 世界難民デー行動を6月20、21日と連日参加下さった会員さん達が疲れと達成感とを込めて参加、活発な話し合いの場となりました。
世界難民デー行動・20日の牛久駅での宣伝行動、21日の中野駅前・暫定広場でのフェスティバル運営 お疲れ様でした。

 当会作成の「世界難民の日リーフレット」は1500枚、保存用を残し配布しきりました。
 参加者それぞれが 来年以降も大変だけど「又やるぞ!」と思える行動はいいですね。


 面会報告として、
*この間、成田でトランジェットを利用したスリランカ人の仮放免が多い。
これらの方々が40人以上収容されていたため、面会行動が1〜2回しかできない間に仮放免となり、関係性が希薄なまま途絶えてしまった。
新たな面会行動への参加者を募りたい。

*6月中の仮放免が非常に多かった。時には1日の内に3〜4人も仮放免者がいたことも。保証金は10万から20万、減額交渉で5万の方も。
収容期間、理由は様々・・概ね長期収容者は数える程度に減った。仮放免後、治療が必要な方も多い。 
 (7月は仮放免の許可が少し止まった感がある)


*学生時代から日本の中のアジア問題に関わってきた参加者からは「東京へテロトピア」=ガイドブックとラジオを手に東京にいながら「アジア」を旅する。 留学生や移民、難民として東京を訪れたアジアの人や、その人が生きた場所、あるいはその場所と関係の深い年や国についてのリサーチを受けながら応答する ・・・という企画に関わっていることを自己紹介がてら報告。


*重い病気、体調不安を抱えている被収容者で仮放免の許可が出ない人がいる。面会時には毎回総務課に「抗議の申し入れをする」で対応する。

*現在、被収容者数は250名前後か?西日本入国管理センターが今年9月末で閉鎖される影響か? 名古屋入管から牛久への移送者が多い。被収容者がきわめて少ない大村は閉鎖にはならない!なぜか?の討論も・・・ やはり朝鮮有事?中国との関連?ロヒンギャの難民問題を含んで様々な意見が出された。

*被収容者の国別ではスリランカが相変わらず多い。クルド人も21名(含む女性1名)フィリピン、韓国(日本人配偶者の女性が多い)等々。

2015年難民デー行動を常磐線牛久駅前で!
 
 難民デー・牛久の会パンフレットを配りました。
 
 
 チラシを配りながら署名活動も。
 
 みんなで記念撮影


6月20日は世界難民デー

牛久の会は、常磐線牛久駅前にて、ハンストとアピールをおこないます。
6月20日午後3時から。ご支援・ご協力をお願いします。

今年は戦後70年、国連の場で「難民の地位に関する条約」が採択されて64年、第2次世界大戦の惨禍を経て、世界中の人々が平和な世の中を願ってきたはずなのに、アジア、アフリカ、中南米、特に中東を巡って激しい戦渦・紛争が起きています。激甚な自然災害も頻発しています。人々が、紛争や災害から逃げまどう悲劇が繰り返されています。幼い子供たちをつれて、安全な地を求め、命からがら逃げる母親たち、上陸を拒否され、あるいは粗末な船に多くの人が乗り込み、数百、数千の人々が公海上をさまよい、飢餓に襲われ、難破しているとニュースは伝えています。

 茨城県牛久市にある東日本入国管理センターは「退去強制令書」が発付された外国人を収容する施設です。収容されている方々の中には政治的に不安定な地域、紛争国から逃れ、成田空港で難民申請をしたにも拘わらず上陸を拒否された方が多くいます。様々な理由があって、帰国を拒否する非正規滞在者もいます。

 
 日本で難民申請をしたから収容されるのか?ただ真面目に日本人がやりたがらない仕事でもやってきただけなのに、たとえ犯罪を犯したとしても日本人なら刑務所で罪を償ったら晴れて自由の身なのに、外国人というだけで収容されるのか?等々です。
 被収容者達は多くのストレスを抱え込んでいます。睡眠導入剤、精神安定剤、痛み止め薬などを常用するケースが多いです。2010年には2名の方が自殺、自傷行為は頻繁に起きます。定員が700名の収容施設なのに、常勤の医師は、2年以上不在のままです。医療体制の不備が原因となった死亡事故が、昨2014年、牛久の入管だけでも2件おきました。地元自治体である牛久市の平成27年3月の第1回定例会で「東日本入国管理センターにおける医療体制の充実化を求める意見書」の提出を求める請願が出されました。
「・・国においては、東日本入国管理センターに常勤の医師を確保すること及び入国者視察委員の視察の際、医療用語に精通した通訳者を配置することに留意した医療体制の充実化に早急に取り組まれるよう求める。」賛成全員で可決。衆議院議長、参議院議長に牛久市議会名で提出されました。
 被収容者達もハンストを始め様々な創意工夫をこらした闘いで処遇の改善を勝ち取っています。

   

 



外登法・入管法と民族差別を撃つ 第26回全国交流集会にご参加を



 
 


 読売新聞による「偽装難民キャンペーン」について

日本の主要メディアの一つである読売新聞による執拗な「偽装難民キャンペーン」。あたかも「日本軍慰安婦問題」を巡る「朝日新聞バッシング」と同じ様な体制で同じ根をはらみ、キャンペーンを繰り広げています。
 2014年の難民申請者5000人の現実に法務省・入管当局はうろたえています。安倍政権(新自由主義下で体制の破綻に苦悶する)の外国人政策=入管法・難民認定法の破産的現状に対して差別・排外主義を煽ることで隣人としての日本人との分断を図り、管理の強化と「法外外国人」をたたき出し、新たな外国人労働者導入政策としての在留管理制度を推進しようとしている事への露払いのごときです。

当会は牛久入管収容所の被収容者達から読売新聞社への抗議の申し入れ書を預かりました。彼らは3月29日付け「帰りたくない」難民申請と題した記事に大変な憤りを感じ、直接読売新聞社への抗議の電話等もしています。彼らから「多くの人々に知らせてほしい」との要望でここに原文を掲載します。





4月1日より東日本入国管理センター(牛久入管)の体制が変わりました

東日本入国管理センターの所長は留任・佐藤政文氏、牛久入管の一般に関する問い合わせ等業務を行う総務課(苦情などにも対応する)

の担当職員も留任、処遇部門・面会受付を担当する室長は内部移動がありました。

面会者にとって大きな変更は *庁舎出入り口の開館時間がAM8時半(以前は8時前から開錠されていた)になりました。面会受付は4

月1日以前通り8時半です。  庁舎ドア前で並び、その後ダッシュで面会の番号札を取る!9時から最初の面会が始まる・・・ただし面会室

は一般が5部屋、弁護士面会室が2部屋(不在の時は一般も使う)ので面会番号が7番以降の面会は9時45分頃まで待たされます。

*面会受付の業務、及び面会室への「連行」・巡回等担当の民間警備会社が替わりました。民間委託の一環で一般競争入札により今年

度からは千葉に本社があるサンエスという警備保障会社になりました。以前(2年間)の警備会社は航空機のテロ対策などを「ウリ」にする

会社でしたが、今回は一般的な警備会社のようです。慣れていませんので、当面、面会業務は混乱するかも?

*庁舎内売店が4月1日から月曜と木曜日のみの9時から午後3時までに縮小され売店場所もバックヤードに使っていたところに変更に

なりました。被収容者の買い物(月曜、木曜)に対応するだけで、私たち面会者や職員に対する利便性は無くなった。

* 飲み物自販機コーナーの事業者が替わった。この2年間50円のコーヒー等抽出機が今回の競争入札後撤退、替わりにドトールのコー

ヒー等の抽出機が設置され100円になりました。他の自販機も事業者交代、3月31日に自販機毎交換されました。

*食堂の業者は替わらず(被収容者の給食業者は別)コックは中華を得意とする、食堂のおねえさん達も相変わらず、愛想がよい。職員5

00円、一般600円。

●肝心の被収容者たちへの処遇はどう変わったか?仮放免の実施状況は?医療体制は?今後、順次報告していきます。

*3月31日から7Aブロックの被収容者たち21名が長期収容の是正、仮放免の弾力的運用、医療体制の改善、7Aブロックにおける「3月

27日の警備担当責任者との話し合い」時の制圧行動で負傷した当該に対する医療、国際的な人権基準に配慮した処遇を求めて ハンス

トを行っています。

*21名の連名による上申書に誠意ある対応がなされることを望みます。

  続報  

月曜日(6日)に入管側から、7Aブロックのかべに3枚「回答書」が掲示された。

此の回答書(後日その写しが手に入ると思う)はハンスト参加者曰く「ありきたりな内容だった」

@この施設は帰国するための施設であなたたちは帰国しなければならない。

A仮放免制度を短期間に・・・と言うことは個々人の事情を審査しなければならないので一定期間時間がかかる。

B怪我をしたTさんには「必要な治療はしている」必要なら今後も申請書を書けば外部病院には受診させる。

このようなことが書いてあった・・・と言うことですが、ハンスト参加者達には不評でした。


夜9時過ぎから10時まで処遇の責任者が来て「俺も、回答書を壁に貼る・・・と言うことだけで終わらすのは反対なんだ・・」といい、話し込んだ。

この中で、処遇責任者はハンスト参加者で日本語が通じる人の名前を挙げて「このままだと悪い方向になる可能性がある・・・(仮放免が長引く、不利)

などとも話された。

この責任者との話し合いを含めて7日朝から給食を摂り始めた。


ハンスト参加者でイラン人が4月2日倒れ緊急搬送された。1日入院で3日(金曜)に戻る・・・高血圧等の持病有り・成田で入国を拒否され牛久に移送された難民申請者

とりあえず、7日に面会したハンスト参加者は「やりきった!」満足そうににこにこ顔で「 昼のお米がうまかった」 ・・・と話していました。
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牛久収容所面会室にもキッズコーナーが出現・私たちは「今度ぬいぐるみをもってこようか、絵本をもってこようか・・・等と話していたが、本来はこんなコーナーを使う子

供の父親や母親、家族を収容するな!」と言いたい。




2015.3.22 埼玉県蕨市民公園において今年もクルド人達のネブロス祭が開かれました。ネブロス祭は1年ごとに盛大になっています。トルコ国籍クルド人達は埼玉県を中心に1500名以上が日本に暮らしています。難民申請中の人々が多い。



 抗 議 声 明
法務大臣殿
 法務省入国管理局・局長殿
 東京入国管理局・局長殿

 当・牛久入管収容所問題を考える会は法務省入国管理局が執行した12月18日(木)におけるチャーター機によるスリランカ人26名(含む女性1名)、ベトナム人6名に対する一斉強制送還に対し、強く抗議するものです。

今回、強制送還になった方の中には、東日本入国管理センターに収容され仮放免になっていた方々もいます。当会の面会行動の聞き取りでも彼らは非常に難民性は高いと思われます。
 また、19日の弁護士等の記者会見でも問題にされた日本に妻子がいる方もいます。

 当会の支援者の元に19日夜、送還された方より連絡が入りました。
 この方は難民不認定取り消しの裁判をして敗訴になり、再度難民申請をして、結果は17日に却下、その日のうちに難民申請が出来ず、仮放免の延長も出来ず、品川入管に収容され、送還(同じケースがもう1名)された。この入管のやり方に見られるように今回の送還は卑怯きわまりない、前もって周到に決定・計画していた、といわざるを得ません。

この方達からの伝えられた送還の実態は
 チャーター機にはスリランカ人・ベトナム人が搭乗、羽田を朝6時〜6時半頃離陸、スリランカ着後、同国人だけが降り、そのままベトナム人はベトナムに向かった。
 スリランカから入管の職員が3名羽田に待ち受けていた。
 日本の入管職員は100名以上同乗、医者がいたかは不明だが看護師はいなかった。品川入管から搭乗までは腰縄・手錠付き、護送のバスの中で仮眠を取らされ、手錠はスリランカまで外されることはなかった。トイレは職員がついてきてドアに足を挟んでしめることは出来なかった。食事の時だけ右手のみ手錠を外した。
 スリランカに到着後調べを受けた。警察に捕まった人も8名ぐらいいた。

 今回の強制送還現場の異様さには衝撃を受けます。当該のスリランカ人達をまるで「凶暴なテロリスト集団の護送実地訓練」でもしているかのようです。彼らの多くは日本に難民としての保護を求めている人であったり、超過滞在であったとしても日本経済を支えていた一員でもあります。仮に犯罪を犯した方がいたとしても更正施設で罪を償った方です。全くもって人道に反する人権無視の強制退去現場です。
 スリランカにおいては1月そうそう大統領選挙が予定されており、非合法の拘束、死刑などが伝えられ、秋以降多くのスリランカ人が日本に庇護を求めて来日しています。
 19日に記者会見した、高橋ひろみ弁護士によると「たとえ、これらの人々が、当局による難民不認定不適格者として、彼らを強制送還することは違法でないにしても、彼らが帰国した後、彼らの政治的活動により、彼らの国の当局による大きな迫害の危険性に直面する事実は残る。」
 日本は、スリランカ、ベトナムとも政府間の関係が良好でODE予算などの多額の資金供与を行っています。両国の国家的なプロジェクトとして今回の送還が行われたとしたら、明らかに難民条約に違反する犯罪的行為です。

 チャーター機による一斉送還は法務省にその予算が付いた時から多くの批判がありました。昨年のフィリピンとタイに対する強制送還後も国際的に多くの問題が指摘・批判されていました。
法務省は個別送還に比して「チャーター機による一斉送還が費用的にも安上がり」などと言いなしてきましたが32名の送還に対してどれだけの費用が発生したのか、明らかにすべきです。
今後、法務省は送還された全ての方がスリランカ、ベトナムに戻された後、どうなったか、を追跡調査すべきです。警察に拘束された方がいたなら解放を求め、日本への再入国・在留を認めるべきです。

 以上、牛久入管収容所問題を考える会は12月18日のチャーター機によるスリランカ人・ベトナム人への一斉強制送還に対し強く抗議し、今後全ての「同意無き送還」の執行を中止することを求めます。

             2014年12月25日
                 
                茨城県つくば市高野1159-4 田中方
                       п@029-847-5338
                 牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子 




年次活動報告会 

2014年12月21日(日) 午後2時開会(1時半開場)

会場:つくばサイエンスインフォメーションセンター
つくば市吾妻1-10-1 TXつくば駅徒歩3分
面会報告、弁護士報告(相談コーナー併設)
クルドの子ども達の劇、報道特集ビデオ上映


 



(2014/10/28)

上 申 書  

 

東日本入国管理センター所長殿

仮放免担当上席係官殿

牛久入管収容所問題を考える会

 

 当、牛久入管収容所問題を考える会は貴センターにおいて長年にわたり被収容者との面会行動を行っています。毎週水曜日を面会の日としています。

 私たちは被収容者と面会をするだけでなく、面会待合室に於いて様々な事情を抱えた方々とお会いします。

 

 長期に渡り、面会待合室でお見受けする方たちがいます。顔見知りになり事情をお聞きすると人生の伴侶と決めたお連れ合いが収容されていると言います。私どもはあまりにも長くこの方々のお顔を見るにつけ、お気の毒に思えてなりません。

 お連れ合いの彼(彼女)らもそれぞれに仕事を抱えながら、遠路牛久にある貴センターまで頻繁に面会に訪れています。この方たちの精神的、経済的、社会生活上の苦痛は察してあまりあります。国家は個人の幸せを守る義務があります。愛する家族を分離することは認められません。

 

 被収容者たちは、パートナーの愛情だけを頼りに不自由な収容生活を耐え、仮放免の許可を心待ちにしています。しかしながら配偶者がいる方々の収容は相対的に長すぎるように思われます。

 頻繁にセンターに面会に訪れている配偶者の愛情の深さ、しかもほとんどの方には弁護士も付いています。何よりも長期収容によって、それぞれのパートナーたちの精神的・肉体的ダメージが加重な状態となっています。

 「退去令書」が出ても、どうあっても帰れない事情をお持ちの方たちに対しては人道的配慮に基づき、長期間の収容を避け1日も早い仮放免を求めてやみません。

                   以上、ご配慮をお願いいたします。

 

                                                       2014924日   

              牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子

                                   連絡先  つくば市高野1159-4

                                           電話 029-847-5338


(2014/10/28)

申 し 入 れ 書

 

東京入国管理局長 坂本貞則 殿

 

 私たちは、東京入管局および東日本入国管理センターにおいて被収容者との面会行動を行ってきています。このかん、被収容者および仮放免者から数々の相談が寄せられており、その解決のために日々活動しています。

 

 法務大臣が公職選挙法違反の疑いで辞任するという前代未聞の事態が起きています。法務大臣こそ法を遵守し、人権と生命を守るべき存在でありながら、現実には法を踏みにじるものになっています。入管行政は、法務大臣の自由裁量によって運営されることになっており、大臣の資質が大きく問われる分野です。最も法の庇護があってしかるべき外国人に対して国際法を遵守する立場を貫く法務行政を求めてやみません。

 以下、私たちの要求を示します。

 

1)仮放免の許可申請について

  東日本入国管理センターにおいては、仮放免の許可申請について2009年秋以降、被収容者との交渉でこの許可判断を「特別な事情がない限り、45日間を超えない」と約束されていました。しかしながら、今春以降、仮放免許可の判断が非常に長期化しています。判断が長期化すればそれだけ収容が長期になるということははっきりしています。長期の収容が精神的ストレスとなり、自傷、自損行為も多く引き起こされています。

 仮放免の許可判断を45日を超えないという基準に戻すこと、さらに許可判断の基準を示すことを求めます。特に6カ月以上の長期収容はやめて下さい。

 

2)医療問題について

 収容されることによって健康が大きく損なわれる例は後を絶ちません。医師の診療がなかなか受けられないという現実を直ちに改善していただきたいと思います。本人の所持金の額によって、医師の診療を左右するようなことはやめて下さい。さらに外部病院への通院の際、「手錠、腰縄」は被収容者のプライドをはなはだしく損なう行為です。被収容者の人間的尊厳を尊重し、当然の医療行為をきちんと受けられるように要望します。

 

3)仮放免者の一時旅行許可問題について

 本年の4月、坂本局長が着任して以来、一時旅行許可の要件が非常に厳しくなりました。旅行の目的、訪問する相手の連絡先、その場所に留まる時間帯などを記入しなければならず、目的によっては不許可になる場合が多く引き起こされています。たとえば埼玉県に住んでいる仮放免者が東日本入管センターに面会に行く場合も必ず旅行申請をして許可をもらわなければ面会に行けません。届け出た日に都合が悪くなったらもう面会は出来ない、というのが今起きています。また買い物に行くことさえ届け出なければなりません。移動の自由は万人に認められるべきものです。一人ひとりの人権を無視し、生存権を否定するような許可の厳格化は直ちに是正すべきです。旅行許可を以前と同様に、もしくは移動の制限をしない方向に切り替えて下さい。

 

4)在留特別許可について

 昨年の難民申請者は過去最大の3260人にのぼりました。しかし難民として認定されたのはたった6人です。アメリカによるイラク、シリアへの空爆は、一挙に世界を戦争の危機に叩きこんでいます。日本政府の集団的自衛権行使容認の閣議決定はさらにこうした戦争情勢を加速させています。

 日本に難民として入国した人々を国際人権規約、難民条約の精神に踏まえ、受け入れるべきです。諸外国の外国人受け入れ実績を踏まえ、もっと柔軟に在留特別許可の決定をして下さい。

 

5)チャーター機による強制送還に反対します。

 昨年7月フィリピン、12月タイへのチャーター機による強制送還が強行されました。日本での生活実態を無視し、家族を生き別れにしたチャーター機による強制送還は人権侵害です。政府・法務省は今年度もチャーター機による送還の予算を計上しています。国内外の厳しい批判にさらされた一斉送還を予算消化の目的で強行するなら、国際的な人権・人道にもとる行為です。当事者の意志を踏みにじるチャーター機送還は断じて認められません。

  さる9月1日、東日本入管センターに収容されているクルド人が「クルド人としての庇護」、処遇改善を求めて1週間のハンガーストライキを行いました。東京においても同様にハンガーストライキに入ったことを聞きました。被収容者のやむにやまれぬ思いが、ハンストと言う行為になります。彼らの要求に耳を傾け、何が求められているのか、処遇の改善を強く求めます。

 本日、私たちは以上の点の改善、取り組みを求めて貴局に申し入れを行います。どうか人間的、人道的立場でこれらの要望を真摯に受け止めて実現して下さることを心からお願いし、申し入れをいたします。

 

 2014年10月22日

 

                              東京入管収容所を考える会

               東京都港区新橋2−8−16石田ビル4階

                             牛久入管収容所問題を考える会

               茨城県つくば市高野1159−4


(2014/09/06)

東日本入国管理センターにおいてトルコ国籍クルド人達が9月1日よりハンガーストライキ
を続けています。

牛久入管収容所問題を考える会・田中が8月後半の面会時にクルド人達より、ローマ字表
記のセンター当て文書を受け取り、日本語表記にすることを依頼された。この手紙は彼ら
がハンストにいたる思いがよくわかる内容なのでここに掲載します。

今回のハンストは成田で上陸拒否になり、牛久に移送されたクルド人達が長期収容になっ
ているにも関わらず、8月中旬以降次々に仮放免が却下されたことが大きな理由の一つで
す。難民申請者であり、それぞれに病気を抱えています。入管側はハンスト参加者達に
「仮放免に悪い影響がある!」などと脅しとも取れる言葉でハンストをやめるように説得
をしているようですが、未だハンストは継続中です。




東日本入国管理センタ−本部へ

今現在この仮センタ−収容されているクルド人の皆さんを所長さんに自分の問題
もしくはこの管理センタ−のいろいろのことに対して手紙書くことを考
えました。

まずは日本と全世界の国を避難民受ける法律にサインしている。でも、世界の
どこの国もクルド人避難民として受け入れているです。
なぜ日本クルド人を避難民として認めてないです。

この2ー3年トルコ−イラク−イラン−シリア政府を一緒になってクルド人の国
民を殺害しているのです。これは今のことじゃない(注:今の時代に通用しないこ
とです)です。昔からクルド人を自分のふるさとから追い出されています。
今現在も東入国管理センタ−に31名のクルド人収容されています。私たちは自分の
国でいろんな問題があります。だから日本に避難民として難民申請を出してます。

あなたたちは体のどこか痛いときすぐに病院行ってちゃんとした専門に診察しても
らってそれで薬もらっているのです。私たちは診察受けるまでには1ヶ月以上かか
っています。私たちは人間です。動物じゃない。

仮放免の件にたいしては今現在、非常に時間を長くなっております。この時間
の長くなっていることは私たちに精神的な影響残してます。そしていろんな病
気になってます。この問題を解決してください。

私たちは自分の国でいろいろ問題があって逃げて日本に来ました。でも私
たちをつかまてこういうところに収容されて精神的な拷問を受けています。人間に暴
力すれば体を痛くなります。その痛みは時間をたてば無くなります。でも精神的な
暴力の痛みは死ぬまで人間の体には残ります。それは生きてる間には忘れることもで
きない暴力です。

でも避難民として難民申請をしてる私たちは捕まって収容されてます。何の罪も
起こしてないのに刑務所よりひどい入国管理センターに閉じ込められてるの。
普通は人間何か悪いこと起こした場合裁判をされて刑務所に入るんで
す。刑務所に入ったときは何年もしくは何日を刑務所に入ることをわかります。
でも、私たちは何年こういうところで収容されることはわかりません。つまり、
ここは刑務所よりひどいところです。

ついでに私たちは病気になったときは入管の病院でちゃんとした診察をやって
ないです。医者行くために請願書いても1 ヶ月かかってます。病気になったとき
ちゃんと病院につれてもらいたいです。1 ヶ月後に病院に行きたくないです。この時
間の間に私たちに何かあったときは責任入管の責任です。
薬の件に対してここで睡眠薬の薬ばっかり出されてます。本当はちゃんとした専
門の医者に診察を受けてから薬を出してもらいたいです。

最後には私たち自分の国から戦争と暴力から逃げて日本に避難民として難民申請をし
ています。もう戦争と暴力のないところで平和と自由あるところで安らかな生活をし
ていきたいです。私たちも自分の家族とともに幸せに暮らしたいです。
もう、戦争と暴力のいじめのない世界人間の殺されてない世界平和と自由のある世
界がほしいです。

NO 戦争ーYES 平和YES 自由
@020 よろしくお願いします。



クルド人の皆さんからの手紙です。

以上(別紙で3 1名のサイン)


申 し 入 れ 書

 

東日本入国管理センター所長殿

総務担当上席係官殿

警備担当上席係官殿

処遇担当上席係官殿

牛久入管収容所問題を考える会

 

 当、牛久入管収容所問題を考える会は貴センターにおいて長年にわたり被収容者との面会行動を行ってきました。

 

  現在、センターにおいては、収容人員が500名以上収容されていた頃に比べ、250名程度に減少といわれています。私たち面会ボランティアとしましても長期収容者の仮放免が多くみられるのは歓迎するところであります。

 しかしながら、いまだ本人の意に反する退去強制が行われていることについては危惧の念を禁じ得ません。

 

  私たちの元には被収容者から多くの相談が寄せられます。その多くは仮放免の許可申請に関わること、および健康問題=貴センターの医療体制についてです。

 

 仮放免の許可申請については2009年秋以降、被収容者との交渉において許可判断を「特別な事情がない限り、45日間を超えない」 と約束されました。以降、概ね同期間程度で仮放免の許可、不許可が判断されてきました。被収容者にとっても自らの進退を決める上で早めの判断は大いに歓迎されたところです。

 しかしながら今春以降、仮放免許可の判断が非常に長期化しています。長期に収容されているものが仮放免の許可申請を提出してから3ヶ月後に不許可の判断が出された、70日後に不許可の判断がされた、というケースを聞きます。非常に精神的ストレスが加重されています。残念ながらこのことが主要な引き金となったな自傷、自損行為も多く聞かれるところです。

  早めの許可判断に戻すこと、納得のいく許可判断の基準を示すことを求め、何よりも6ヶ月以上の長期収容はやめてください。

 

 医療問題について

 貴センターへの収容そのものが多くの被収容者にとって不本意な収容であり、「本邦からの退去までの一時的な収容施設」としての機能とは相容れない矛盾を抱え込んでいます。様々な理由で退去を拒む方々にとってその精神的ストレスは多く、ましてや居室外自由時間の少なさ、運動時間の少なさ、居室の狭さ、雑多な人々との生活は精神的肉体的に病気を作り出しています。今春3月の2名の被収容者の死亡は許されない出来事でした。しかし、被収容者たちからは現在も医者に診てもらいたくて申請書を書いても1ヶ月後だ、ということを聞き及びます。速やかなる医療へのアクセスを求めます。

*医師の診療は重い症状なら申請当日、通常でも申請から3日以内に行うこと。

*重い症状時は週末祝日でも外部病院と連携した緊急対応体制を備えること。

 

  外部病院への通院について以前から様々な面会者・当事者から指摘をされている、「手錠、腰縄付き」をやめてください。被収容者のプライドを甚だしく損なう行為であり、当事者に対する無用な偏見・誤解を生み、正常な診察・医療行為の妨げになります。何よりも被収容者の尊厳を奪う行為であり、人道的にも許されるものではありません。

 

  睡眠導入剤、痛み止め、抗うつ剤など、安易な多用をやめてください。

 

 今春以降食事の内容に偏りがあり、これを指摘した被収容者に対し、パワハラともとれる嫌がらせが起きた・・・と聞きます。職員の人権教育を徹底するべきです。食事については収容生活において重要な部分を占めています。真摯に受け止め給食業者に要望を伝えてください。

 

 被収容者たちからは空が見えない、緑が見えない、2段ベッドの上段は天井が低すぎて閉所恐怖症になったなどの声も聞かれます。窓をせめて半分程度は透明にしてください。仮にすべてを透明にしたとしてもプライバシーを損ねるところに人家はありません。

 

  現在700名定員の貴センターには250名程度の方が収容されています。この機会に少なくても定員5名の部屋を定員3名にすべきです。

同時に面会は他の入管施設同様、従前に可能であった、5人までの面会、およびブロックをまたぐ面会が再開されることを強く要望し、上記事項を誠意を持って取り組むことを申し入れます。

以上

                                                       2014820

     

              牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子

                                   連絡先  つくば市高野1159-4

                                           電話 029-847-5338


仮放免者の一時旅行許可問題

仮放免者の人が住所(入国管理局に届け出ている)以外の都道府県に出掛ける場合に必要なのが、一時旅行許可書です。入管の書式に保証人の署名、捺印を貰い、出掛ける場所を記入して東京入国管理局に提出します。

もし、この許可書を不携帯であった場合は再収容される場合もあり、現にそういった事例はあります。

 

本年の4月から、東京入国管理局の所長が変わりました。それに伴って、一時旅行許可の要件が非常に厳しくなりました。

今までは行き先のみの要件が、目的、訪ねる相手の連絡先、その場所に留まる時間帯などを記入しなければならず、目的によっては不許可になる場合もあります。例えば、通院や保証人を訪ねる、難民支援協会なやRHQなどの難民支援をしている団体に行く、教会の礼拝に行くなどであれば許可はされます。しかし、通院の場合は診察券や診断書、教会であれば礼拝を行うチラシなどの提示が求められます。

 

実際に不許可となったAさんは、他県の友人を訪ねるために旅行許可申請をしましたが「遊びは認められない」と、申請窓口で却下されました。

Bさんは、他県で行われる「医療無料相談会に」行く為、申請をしましたが「ホームページから医療無料相談会のチラシをプリントアウトしてを持って来るように」と言われて、困り果て私ののところに連絡をしてきました。

Bさんはほとんど日本語が話せず、保証人を介して事情をききました。仮放免者のBさんは就労が禁止されている為、生活はけして楽ではありません。病院へ行くにも100%の支払いでは躊躇ってしまうのは、想像に難くありません。交通費も支給してくれる「医療無料相談会」に行く事は、体調の良くないBさんにとっては大変重要な事です。

事情を聞いて私は入国管理局に交渉することにしました。予想していた事ですが、押し問答となりました。私の持っているチラシ(日本語がなかったので、ポルトガル語)FAXすることになりましたが、それを送っても許可するとは限らない事を、入国管理局は最後まで言い張っていましたが、Bさんにとって命綱になるかもしれない相談会です。私も最後まで必死に訴えました。

結果は許可となりましたが、私としては当然の事だと思っています。Bさんだけの事ではありませんが、医療問題は就労と同じく、生存権の問題なのです。

 

もうお一方Cさんの例です。この人は事情があって妻と子供が他県に生活しています。Cさんは旅行許可を申請して、妻と子供に会いに行っています。これは日常の事ですが、例えば子供が急病になった場合、いちいち旅行許可申請など行えるでしょうか。また、子供が住んている場所に、専門医が居ず、他県まで行かなければならなかった場合、Cさんは旅行許可を申請してからでなければ行けないのでしょうか。

病気の子供を一秒でも早く病院にと思うのは親であれば、当然なはずです。

妻と子供に会いに行くのも、緊急の事態が起きても申請が最優先事項ですか

Cさんは入国管理局にこの質問をぶつけてみましたが、しどろもどろだったそうです。

 

友人を訪ねるのも、医療相談会に行くのも、子供に会いに行くのも人間としての当然の権利です。

そういった権利を阻害することは許されません。

これは一人一人の人権を無視した人権侵害に他なりません。

生存権を否定したにも等しい事態です。

入国管理局は直ちに、旅行許可を以前と同様、もしくは移動の制限はしない方向に切り替えるべきです。

 

政府は経済界の意向を組み、仮放免者、超過滞在者を日本から一掃し、低賃金の労働者を新たにいれようとしています。仮放免者を追い詰め、自ら帰国するように仕向けているのです。つまり、仕事もさせない、移動もさせない、どんどん兵糧攻めにして日本から追い出そうとしています。

今回の事態はその政策の一環だと思います。

就労禁止と同じく、由々しき問題であり、抗議の声を上げなければならないと考えます。

 

国籍や言語、民族や宗教を問わず、人間が人間らしく生きられる社会を実現するために、仮放免者と共に団結して闘いましょう 




6
20日は「世界難民デー」です

 

  2013年の難民申請者数は過去最大の3260人、難民として認定されたのは6人、「難民鎖

国日本」と揶揄された1990年代に逆戻りしたかのようです。

 世界中で国際紛争や内乱・内線状況は激しさを増しています。人々が戦火から逃げまど

ってもいます。昨年は激しい戦乱下にあるシリアから日本に庇護を求めてきた人にさえ日

本は難民としては一人も認定はしませんでした。先進国においては数万人規模で難民を受

け入れています。日本はたったの0.1%、あり得ない低さです。しかも、難民として認定

されても、ましてや難民申請中の庇護状況はきわめてお粗末であり、昨年暮れは「寒さに

震えるホームレス化した難民申請者」とマスコミにも報じられた現状があります。

 

国際人権法、難民条約の精神に踏まえた難民の受け入れが求められています。

 


申し入れ

法務大臣殿
法務省入国管理局長殿
東日本入国管理センター所長殿


牛久入管収容所問題を考える会



当・牛久入管収容所問題を考える会は民間レベルでの国際交流を理念とし、入
国管理センターなどへの面会行動を主な活動内容とするNGO です。
当会は東日本入国管理センターにおいて被収容者2 名が3 月29 日と30 日に相
次いでお亡くなりになったことに対し、深い悲しみと共に、東日本入国管理セン
ターの収容のあり方そのものについて、ここに憤りを込めて抗議の申し入れをします。

センター側が発表している広報資料(茨城県庁県政記者クラブ宛、面会室への
掲示)は怒りなしには読めない実態との乖離があります。
3 月29 日、PM8 時にセンターの被収容者から非常に動揺している電話がありました。

曰く「イラン人男性G・S さん33 才(9B ブロック)は28 日PM7 時半頃夕食
を2 〜 3 口食べて、食事をのどにつかえさせた。警備官を呼んだがすぐには対応
してくれなかった。30 分ぐらいしてから救急車で運ばれたが顔は黒ずんで息はし
ていないように見えた。今日(29 日)イラン人男性の様子を警備官に聞き、教えな
いなら、居室内には誰も戻らないと9B ブロックの皆が騒いだ。警備官より居室
外自由時間の終了の午後4 時半過ぎに病院で死んだ、とつたえられた。」
(「3 月29 日15 時26 分、搬送先病院で死亡」・・・牛久警察記者発表)
G・S さんは薬を大量に処方されていた。耳からの出血、ヘルニア、頭痛など、
様々なところの痛みを訴えており、最近は肩を支えないと歩行はふらつき1 日中
ボーッとしている状態だった。睡眠導入剤、抗うつ剤、痛み止めの過剰投与によ
る弊害が顕著だった。

30 日午前7時10 分、カメルーンのW・F・L さん40 才代は牛久入管内医務室
から救急車で搬送され同8 時過ぎに搬送先で死亡が確認される。
牛久の会の会員が31 日(月)、4 月1 日(火)の両日、牛久入管においてカメル
ーン人が収容されていた9A ブロックの被収容者達に面会聞き取りをしたところ、
「重篤な糖尿病で、同ブロックの被収容者達が27 日には全員でこのカメルーン人
を外部病院に連れて行くように、という要求を掲げ、連れて行くまでは居室外自
由時間が終わる午後4 時半になっても部屋には戻らない!と廊下に座り込んで抗
議行動をした。彼は自分のベットからトイレまで歩くのがやっと」という状態だ
ったのです。
警備の責任者が「俺の責任で必ず病院に行かせる」と約束したので9A の人た
ちはそれぞれの居室に戻った。カメルーン人が9A の部屋から出て行ったので9A
の被収容者達は病院に行ったとばかり思っていた。
しかし、30 日午前7 時10 分、外部病院ではなく、牛久入管内医務室から彼は
救急車で運ばれ、まもなく搬送先で死亡が確認。
(7 時に巡回の職員が容体の急変を知り救急要請)

9A ブロックの被収容者達は怒って30 日(日)、夜の9 時半頃まで、居室へ入る
ことを拒否し、「カメルーン人がなぜ死んだのか説明して欲しい」「どうして病気
の人が申請書を書いても1 ヶ月も待たされるのか」「自分たちは動物ではない」等
々と叫び激しく抗議した。この抗議行動は50 名以上の入管職員により一人一人が
力ずくで居室に戻された。カメラを回していた職員も10 名ぐらいいた。最後まで
帰室を拒んでいた2 名のイラン人が懲罰房に無理矢理連れて行かれた。
27 日の時点で9A ブロックの全員がカメルーン人のために外部病院に連れて行
くことを要求していたことからも、彼の健康状態は最悪でした。

牛久入管には常勤の医師はいません。27 日、28 日には非常勤の医師の診察があ
ったとは思われますが、29 日(土)、30 日(日)は医師はいません。医務室脇の個室
に一人置かれ、30 日に職員が見回って、初めて容体の急変を知ったのです。では
なぜ9 Aブロックの警備担当官は「俺が責任を持って病院に連れて行くから」な
どと約束したのでしょう。あまりにも無責任極まる行為ではありませんか。
以上、牛久入管収容所内での被収容者2 名の死亡に関し、かねてから、医療体
制への改善を求める要請を度々行ってきたNGOとして以下の改善を改めて申し
入れます。



1.収容所への収容そのものが病気を生み出している、との観点から、出身母国に
どうしても帰れない事情のある者の収容には慎重の上にも慎重を期すこと。
2.6 ヶ月以上の長期収容をやめること。
3.常勤、非常勤を問わず、1 日中医師が勤務していること。
4.外部病院への受診を希望する者には早めに実現させること。
5.外部病院への通院の際、人間の尊厳を傷つける腰縄・手錠はやめること。
6.薬の処方には副作用の情報開示、重複・過剰投与など慎重を期すこと。
7.当会等のNGOの求めに応じて話し合い、交渉の席に着くこと。



2014 年4 月2 日
牛久入管収容所問題を考える会田中喜美子
茨城県つくば市高野1159-4 029-847-5338



2014年3月定例会の様子
つくば市内 市民活動センタ-(TXつくば駅3分)にて
初めての方もお気軽に参加ください。

(例会は原則 毎月 第四土曜日:つくば市内)
どなたでも参加できます
直接、難民申請者とのお話ができます
(難民になったいきさつ、牛久収容所の実態、仮放免後の生活・・・など)
貴重な体験学習の機会です
(卒論・修論・学位論文等の聞取り調査もOKです)

毎週水曜日は会の面会日です
一緒に難民の方に面会しませんか
是非、ご連絡ください

連絡先 田中 喜美子 方 電話029-847-5338
メ−ル:ki_ushikunokai@yahoo.co.jp



2013年 年次活動報告・交流のつどい

12月22日(日) 
つくばサイエンス・インフォメーションセンタ-

報告:面会ボランティア、在留カ-ド制施行後の状況
講演:入国管理センタ-での弁護士活動
国際NGO活動

仮放免者とその子供達の発言

弁護士による法律相談



 申 入 書

 

法務大臣 殿

法務省入国管理局長 殿

東日本入国管理センター所長 殿

 

  法務省入国管理局は128日、タイ人46名(4歳児1名を含む男性26名、小学生2名を含む女性20人)をチャーター機による強制送還という暴挙を行いました。 牛久入管収容所問題を考える会は主に東日本入国管理センターにおいて面会ボランティアを活動の基本とするNGOです。当会は昨年来の法務省の「チャーター機による一斉送還」予算請求段階より、同意無き強制送還に反対する申し入れを幾たびか行ってきました。同じように多くの人権団体、何よりも当事者である退令発布者・仮放免者等からも「人道上大変問題が多い」と懸念や反対の声が上がっていました。

 

 帰国に同意しない退令発付者は様々な事情を抱えています。グローバルな時代において、より柔軟な入管行政が望まれています。人道的配慮による滞在の合法化が求められています。しかしながら76日にはフィリピンへの一斉送還が強行され、東日本入国管理センターにおいては本来備品として無いはずのスタンガンが使用された・・・と当事者の証言があるように無理矢理の強制送還には多くの問題点が指摘されています。今回のタイへの強制送還者においても日本人や定住者の配偶者が含まれ、家族がバラバラに分断される、仮放免申請却下と同時に即送還等という事が起きています。

 

 今回のタイへの「チャーター機による一斉送還」は法務省・入国管理局の予算請求段階での成田→マニラ、成田→北京から突然変更されたものです。マスコミ報道によると中国への一斉送還の中止は外交情勢に配慮、日中間が険悪化の中で両国間に新たな悪感情が芽生えることを避けた・・・とあります。日本と中国、日本とタイの政治・経済関係の中でタイに変更されたのなら予算消化のためのショウでしかありません。そもそも、「チャーター機による一斉送還の経済性」を盛んに喧伝していましたが46人の送還でどこに経済性があるのでしょうか?

 以上、当会は今年度におけるフィリピン、及びタイに対するチャーター機による一斉送還に抗議し、同意無き退去強制に反対を表明し、より柔軟に非正規滞在者・仮放免者の合法化を行うよう申し入れします。

                                                     20131225

 

                牛久入管収容所問題を考える会

              連絡先 茨城県つくば市高野1159-4 田中喜美子





申し入れ書

東日本入国管理センター所長殿
総務担当上席係官殿
処遇担当上席係官殿
警備担当上席係官殿

牛久入管収容所問題を考える会

当、牛久入管収容所問題を考える会は貴センターにおいて長年にわたり、被収
容者との面会行動を行ってきたのはご存じの通りです。
さて、昨年来より度々貴センター宛に文書、または総務課・係官に対し、@被収
容者に対する処遇の改善A面会業務が滞っていることに関する改善B1回あたり
の面会人数の制限を従前通りに戻す等々申し入れを行い、責任ある立場の方々と
の意見交換・話し合いを求めてきました。
大変残念ながら、私ども及び多くの面会ボランティア(教会関係者など)の願
いは未だ実現されていません。
私どもは改めて以下のことについて話し合いの機会を作って頂けるよう申し入れ
ます。

1,面会制限の速やかなる撤廃と面会受付業務のより効率的な改善(当会試算に
よれば1 日あたり70 回の面会は十分可能と思われる)を求めます。
@警備官の立ち会いを中止する。
A1回あたり2名までの面会制限を従前の5名までとする。
B差し入れ専門の窓口を従前通り開く。

2、チャーター機による一斉強制送還の執行によりPTSD症状が出ている被
収容者がいます。(送還対象者以外の被収容者に対する配慮はどのように
お考えですか?総じて被収容者に恐怖・ストレスを増加させていることを
どのようにお考えですか?)
@人権・人道上大変問題が多い執行現場と聞きます。警備担当官の考えをお
聞かせ下さい。(スタンガン使用はありませんでしたか?消灯時間後の
執行はなぜですか?、執行現場で同じ部屋のベトナム人が持病のてんか
ん発作を起こしたことに対し、執行を邪魔したかのように突き飛ばされ
た、と聞きましたが)
A退去強制を執行された者の中には「在留特別許可のガイドライン」に充
分当てはまる方もいますが、どのような選考基準に則って退去強制の該
当者となったのですか?
Bフィリピン外務省・大使館との事前協議に反するようなことはありません
か?

例・・・女性、子供に対する手錠使用の有無、機内で親子を分けて搭乗
させたのはなぜですか? 飛行機内で手錠・腰縄付きにも関わらずトイレ
のドアが開けられていたのは?
Cフィリピン領空で仮放免不許可の書類を読み上げ本人に渡したのは異議
申し立ての権利や、裁判権を奪うものではありませんか?

3、貴センター内7Aブロックで結核患者が発生したと聞きます。(竜ヶ崎保健所
に確認済み)
貴センターにおいては過去にも結核患者の発生がありましたが、今回も教
訓は生かされていない。7Aブロックからの被収容者の移動など、どのよ
うな対策をとっていますか?感染の拡大を防止する方策はどのようにお考
えですか?

4,貴センターにおける医療問題
@上記3でも述べた結核患者の発生(見過ごし)、
A申請をしてもなかなか対応してもらえない、
B外部病院への通院の際、腰縄・手錠付き、警護付きは無用の誤解・偏見を
生み、正常な診察・医療行為の妨げになると思われます。是非廃止して
下さい。
C睡眠導入剤、痛み止め、抗うつ剤などが多用されてはいませんか?
以上、牛久入管収容所問題を考える会は貴職らの考えを聞かせて頂きたくここ
に申し入れをいたします。2週間以内の期日で話し合いの機会の日時を設定して
頂けるか、もしくは文書での返答を求めます。


なお、この文書は公開質問状として当会ホームページ上に掲載します。

2013年7月31日
牛久入管収容所問題を考える会
連絡先〒300-2642 つくば市高野1159−4 田中喜美子
029-847-5338


フィリピン人75名に対するチャーター機による一斉強制送還に抗議します

 

                     牛久入管収容所問題を考える会

法務大臣 殿

法務省入国管理局長 殿

東日本入国管理センター所長殿

 

 当・牛久入管収容所問題を考える会は民間レベルでの国際交流を理念とし、入管センターなどへの面会行動を主な活動内容とするNGOです。

  当会は本年1月11日付けで貴職らに対し、「チャーター機による強制送還計画に抗議し、その中止を 申し入れます」を行っていました。その後、東日本入国管理センターへの何回かの申し入れ等の中でも繰り返し、「同意無き一斉強制送還に反対」を伝えてきました。 また、多くの外国人に関わる諸団体からも懸念の声が寄せられていたと思います。何よりも、東日本入国管理センター等の収容施設から仮放免されている外国人の方々は、本年3月6日に法務省に対する「チャーター機による強制送還に反対!」の抗議デモでその意思を表していました。

 

 今、私どもは激しい怒りを込めて7月6日に強行された「チャーター機によるフィリピン人に対する一斉強制送還」に抗議の声を届けるものです。

 当会の面会ボランティア会員に7月5日夕方から6日の朝にかけて次々と牛久入管から「フィリピン人が連れ去られた」「職員が20数名きて無理矢理持って行かれた」「2年以上も帰らないとがんばっていた人が連れて行かれた」「夜の12時頃に職員が大勢やってきた」、等々の悲痛な電話が入りました。当会が把握するだけでも牛久入管からは30名前後のフィリピン人男女に退去強制が執行されました。

 退去強制が執行された状況を推察するだけでも、同意無き一斉強制送還の人権無視、人道上の配慮など一切無い執行現場が浮かびます。

 

 法務省発表によると現在出国を拒否する仮放免者が201210月末で2500人に上り、この方達を含め一度に効率よく強制送還出来る方法としてチャーター便での強制送還をするため予算計上した、とあります。

 どうあっても出身母国へ帰ることが出来ない仮放免者達は政治難民であったり、この国に家族がいたり、非正規滞在ながら長期にこの国に暮らし、この国の経済を支えこの国にしか生きるすべがない人々です。彼らと接する機会の多い私たちは彼(彼女)らに対し在留特別許可=正規化を認めるべきと強く求めます。

 日本は「ノン・ルフールマン原則」、「国連子どもの権利条約」に則り、難民の強制送還の禁止、家族を引き裂く、この国にしか生きる術のない人たちの強制送還を止めるべきです。

 以上、当会はチャーター機による強制送還に強く抗議します。

                                                    2013年7月8日

 

             連絡先 茨城県つくば市高野1159−4 田中喜美子

                           電話029-847-5338



出国を拒む「退去強制令書」発布者に対するチャーター機による
強制送還に反対する申し入れ


牛久入管収容所問題を考える会

法務大臣殿
法務省入国管理局長殿

当・牛久入管収容所問題を考える会は民間レベルでの国際交流を理念とし、入管センタ
ーなどへの面会行動を主な活動内容とするNGOです。


2012年 12月 19日の一部マスコミによると法務省方針として出国を拒む「退去強制令
書」発布者=仮放免者に対しチャーター機による一気に強制送還を計画しているとの報
道に接しました。

私ども、日頃から多くの外国人と交流がある会としては仮放免者をはじめとする多くの
方からの不安の声、問い合わせが来ており、今回の法務省方針に反対であり・撤回を求め
るものです。

法務省発表によると現在出国を拒否する仮放免者が
2012年 10月末で 2500人に上り、
この方達を含め一度に効率よく強制送還出来る方法としてチャーター便での強制送還をす
るため予算計上した、とあります。

そもそも、どうあっても出身母国へ帰ることが出来ない仮放免者達は政治難民であった
り、この国に家族がいたり、非正規滞在ながら長期にこの国に暮らし、この国の経済を支
えこの国にしか生きるすべがない人々です。彼らと接する機会の多い私たちは彼(彼女)
らに対し在留特別許可を柔軟に適用し、「正規化すべき」であると考えています。この様
な方々を帰国費用の削減などという理由を持ってチャーター便で一度に送還する等と言う
ことは人権上・人道上許されないことです。同報道によると法務省幹部の話としてチャー
ター便の活用は欧米では一般的とありますが、チャーター便での送還が機内での非道な扱
い、政治難民が帰国後逮捕された、帰国後処刑された等々が報告され、国際的に大問題に
なってもいます。

日本は「ノン・ルフールマン原則」、「国連子どもの権利条約」に則り、難民の強制送還
の禁止、夫婦・子どもを引き裂く強制送還を辞めるべきです。

出入国管理はこの国に対し、外国人が最初と最後に接するところです。どのように遇さ
れるのかでこの国に対する感情・印象は大きく変わってきます。日本と関わる最後のとこ
ろで無理矢理の強制退去=非人道的取扱を受けた、となると現在のグローバルな時代にお
いていかがなものでしょうか。法の番人としての貴省におかれましては軍事力による安全
保障ではない、人の安全保障の追求こそ求められていると思います。世界中で尊敬される
国としての試金石です。

以上、当会はチャーター機による強制送還計画に抗議し、その中止を申し入れます。


2013年 1月 11日

連絡先茨城県つくば市高野
1159-4田中喜美子
029-847-5338


6/20世界難民デ−・在留カ−ド制導入反対!法務省抗議デモ
牛久駅前で街宣活動&1日ハンスト行動




入管法の改悪・在留カード制の導入に反対します

 

  20097月に改定された入管法・入管特例法・住民基本台帳法による新しい在日外国人管理法が今年79日から実施予定です。

 戦後60年以上続いてきた外国人登録制度を改編し、@中長期滞在者、A特別永住者、B難民申請者などの仮放免者も含む非正規滞在者に分類し、この国に暮らす210万人以上の外国人及び中長期在留ビザで新規入国する外国人を対象としてその個人情報すべてを治安管理の対象として法務省入国管理局が一元的にデータ管理しようとするものです。

これにより現在、地方自治体が日本に90日以上滞在する「全ての外国人」を対象に交付している「外国人登録証」は廃止され、外交・公用を除く中長期(一般永住者を含む)の在留ビザを持つ外国人には顔写真がついた「ICチップ付き在留カード」が、特別永住者には「特別永住者証明書」が交付されます。

 

  法務省入国管理局のデータシステムの中に氏名、生年月日、性別、国籍、居住地はもちろんのこと、過去の違反・犯罪歴、出入国の記録、所属している機関(学校、会社等)の情報が事細やかに記録・集積・管理されます。資格外の行動は微細なことでも摘発が可能になります。特に「就労制限の有無」はカード上に大きく記載されます。

 雇用主には「就労制限の有無」の確認、届け出の義務があり、違反すると刑事罰を受けます。

 16歳以上の中長期在留者には刑事罰を伴う常時携帯義務、提示義務があり、受領拒否、提示拒否は「1年以下の懲役または20万円以下の罰金」不携帯は「20万円以下の罰金」が科せられ懲役刑を受けると退去強制になります。虚偽届け出、7年ごとの在留カード更新を忘れた永住者も同様に懲役刑を受け退去強制にもなります。

住居地変更などの登録事項の変更は14日以内に届けなければ「住民基本台帳法での行政罰:5万円以下の科料」プラス外国人にのみ「入管法での刑事罰:20万円以下の罰金」を科せられ、90日を超えて届け出が遅れるとビザそのものが取り消されたりもします。

  また、彼らが所属している企業や学校などは定期的に国への個人情報の提供・報告義務があります。

 

   現行の外国人登録証では「在留の資格無し」とされながらも、地方自治法上、地域住民の国籍は関係なく、誰もが行政サービスの対象となりますが「在留カード制」の導入に伴い、非正規滞在者や「在留カード」の適用外とされた難民申請者を含む仮放免者は生きる上でのすべての行政サービスから排除されかねません。婚姻届、妊娠→出産に伴う母子健康手帳の交付、子どもの予防接種、就学通知・・・自治体に住民登録されなくなったら公的に自らを証明するものがなくなります。

 

 新たな「在留管理制度」は摘発、収容、強制退去による外国人に対する治安管理政策をより強化するものであり、すべての在日外国人の尊厳と自由を奪うものです。外国人に対する分断、排斥・排外主義を煽る政策そのものです。誰もがこの社会で助け合って共に働き、共に暮らす人間として幸せに生きる権利があります。在留カード制に反対します。

国連難民条約から60年 「出入国管理・難民認定法」施行30周年

 

1951年 国連「難民の地位に関する条約」採択

1967年 国連「難民の地位に関する議定書」採択

1981年 日本「国連難民条約」批准

1982年 日本「出入国管理・難民認定法」施行

 

人種・宗教・国籍・特定の社会的集団への帰属、または政治的意見を理由に迫害を受ける十分に理由のあるおそれが存在するために、国籍国の保護を受けることができない人、保護を受けることを望まない人を「難民」と定義しています。

難民認定申請数は過去最大であったが、庇護数は激減(しかも、21人中14人は異議申し立てにおける認定)難民認定者はビルマが18人その他3人で相変わらずビルマ出身者以外の難民認定は厳しい。

 

 茨城県牛久市にある東日本入国管理センター(通称:牛久入管)には多くの難民申請者が収容されています。現在、難民申請者の強制退去は執行されていませんが、帰国を拒否する難民申請者や、様々な事情を抱えている方々が長期収容を余儀なくされています。

出身母国での迫害等から逃れ日本に着き、その後、長期にわたっての屈辱的とも言える不自由な収容生活は精神的・肉体的に大きなダメージを与えます。2010年には2名の方が自殺、自傷行為などが後を絶ちません。収容生活から解放後、精神科等で治療を受けている方が大勢います。国際的にも厳しい非難が寄せられています。

 

「人身の自由は人権の中で最も重要かつ基本的な人権である。裏返せば人身の自由の制約は声明の剥奪に次ぐ最大限の人権制約のひとつであり、人身の自由の保障は最大限に認められなければならないし、その制約は最小限でなければならない。・・・国際人権法」


在留カード制の導入に反対です

牛久入管収容所問題を考える会  田中喜美子


 本年7月9日より導入が予定されている、新たな外国人管理制度である「在留カード制」の導入に反対しています。
この国に暮らす約210万人の外国人を治安管理の対象として法務省・入管局のコンピューターシステムに一元管理する在留管理制度が施行されようとしています。
 09年の出入国管理・難民認定法の改定に伴い,管理システムの開発・準備期間を経て
始まろうとしているこの在留カード制には法務省が盛んに喧伝するところの「利便性の向上」などと言うこととは裏腹な外国人(私たちの良き隣人)をがんじがらめの治安管理と排除の対象とする「国家意志そのもの」が貫かれています。

 この新たな在留カード制について当事者である外国人総体でその内容についてどれくらいの人々が理解しているでしょうか?今までの外国人登録証とどこが違うのか?対象とされる人々のところには具体的な情報が知らされていない!というのが現状です。今年に入って「今までの登録事務は変わります」というお知らせが住民登録をしている自治体からあったところはまだご親切!全くなしのつぶての所もあるようです。

当会が関わっている東日本入国管理センター(以後牛久入管と記す)に被収容中の外国人も牛久入管より仮放免になっている難民申請者及び特別在住を求めている人々も状況は全く同じです。自分たちが非正規滞在者として扱われ、「在留カード制」の適用外であり、今までは、在留の資格無し!と書かれていても居住する自治体で住民登録=外国人登録証を持つことが出来ましたが、今後は自らを証明する手立ても、住民サービスからも除外されかねません。(非正規滞在者は入管のブラックリストに管理)
 私は牛久の入管への面会行動をしている者として、長期にわたってこの国でビザ無しのまま生き抜いている多くの外国人の方々がいわゆる犯罪に関わることもなく私たちのよき隣人として地域社会で生活し、税金を払い、3Kとよばれる労働現場で働き、社会を支えていることを知っています。
 在留カード制の導入によって彼らが息をするのも苦しい!状況がますます強制されます。出身母国に帰れない人々、この国で生活し続けたい!と願う人々は大勢いるのです。多くの人々はこの国が第2の故郷です。これらの人々が実際に生活することが出来ない、たとえば、それは働くことが出来ない=雇い主に就労の有無を在留カードで確認させ、怠った雇い主が罰せられる!をより厳格にしました。彼らを雇う人がいなくなる=働く場が無くなるということは生きていけない!ということです。

 在留カードが適用(16才以上)される、中・長期滞在者(特別永住者を除く、3ヶ月を超える在留資格が認められた外国人)にとってはどうでしょう?
 現在、地方自治体が外国籍住民に対して交付している「外国人登録証」は廃止され、ICチップ付きの在留カードが発行されます。ICチップには氏名、生年月日、性別、血液型、国籍、居住地はもちろんのこと、過去の違反・犯罪歴、出入国の記録、所属している機関(学校、会社等)の情報等々が事細やかに記録・管理されます。資格外の行動は微細なことでも摘発が可能になります。特に「就労制限の有無」はカード上に大きく記載されます。
 刑事罰を伴う常時携帯義務、提示義務が課せられ、登録事項の変更は14日以内に届けなければ罰金を科せられ、ビザそのものが取り消されたりもします。また、彼らが所属している企業や学校などは定期的に国への個人情報の提供・報告義務が課せられます。
例えば、永住権(他の在留カード適用者も)を持っている外国人A氏が住所を変更したとします。彼は14日以内に住民票をおいている自治体に行って転出届を出さなければなりません。その後、14日以内に新しい住所を引っ越し先の自治体に転入届を出し、同じく地方入管局に住所の変更届を出さなければなりません。これが遅れたり、しなかった場合は住民基本台帳法での罰金(5万円以下)にプラスされ入管法での刑事罰として20万以下の罰金が科せられ、これが90日を超えるとビザそのものが取り消しになります。
 在留カードに記載されている内容に変更があった場合14日以内に届けないと(例えば永住者の場合7年ごとの更新を忘れると・・・)1年以下の懲役または20万以下の罰金が科せられ懲役刑になったら退去強制事由となります。
 永住権を持っている外国人の誰もがこんなにも簡単に永住権が取り上げられ、強制退去になる!など思いもよりません。

 新たな在留カード制の導入、最悪だ!と思うことの一つに特別永住者に対する「特別永住者証明書」というカードの発行があります。戦後の悪名高き外国人登録法が廃止され外登証が無くなります。
 該当者は現在、在日2世、3世、4世、5世の人たちです。戦前・日本帝国主義下で植民地とされ,国を奪われ、言葉を奪われ、名前も奪われ、「日本人」としてカウントされ、ほんの一時期は選挙権も与えられた朝鮮半島・台湾省出身者たちの子孫です。
 今後も、6世、7世の子ども達が16才になると法務大臣発行のICチップつき「特別永住者証明書」を市区町村を経由して交付を受けます。(有効期間は7年,顔写真付き)「常時携帯義務」が無くなったはずだったのに、入管や警察の恣意的な求めに応じ、保管しているところに同行し提示する義務があり,拒否した場合1年以下の懲役または20万以下の罰金が科せられます。また、7年ごとの更新を忘れたり、「特別永住者証明書」の受領を拒否した場合も同様の刑事罰があります。この制度に反対の意志を示し、提示の拒否・受領の拒否をし、呼びかけたりすることに対し刑事罰を科す・・・。80年代に激しく闘われた指紋押捺拒否闘争の再来に恐れを抱いています
 6世・7世の代になっても在日の子ども達が自分が顔を見たこともない祖先のルーツによって「いわゆる日本人」の子どもとの違いを強烈に思い知らされます。
 特別永住者には「再入国許可と見なす」制度・・2年以内の出国ー再入国には「再入国許可が不要」が新設されました。しかし、国籍・地域欄に「朝鮮」と表示されている特別永住者だけには認められません。特別永住者の中に差別と分断を持ち込みます。韓国籍への変更、日本への帰化を強制するものです。朝鮮高校の無償化問題とも同様な問題です。
同時に住民基本台帳に「外国人住民票」が記載されます。相変わらず「選挙人名簿登録の旨」からは除外・・・・何世代にもわたってこの国に住み、どんなに税金を払っても、自分たちを縛り付ける立法府の国会議員を選ぶことは出来ません。

 許せないことに、新たな在留カード制の導入を巡ってこの国に暮らす外国人の中に差別と分断が持ち込まれています。様々な事情でこの国で暮らしている人々、同じような経緯で難民申請をし、難民として定住ビザを勝ち取った人、出身国の政治状況下での特定ビザ(定住ビザと違い就労制限など様々な制限あり)の人、日本人もしくはビザある人との結婚で配偶者ビザを取った人、長年にわたって難民申請中(仮放免中)の人、彼(彼女)らと付き合っている私にとって個々に大きな差異はあるとは思えません。しかし、彼(彼女)らの中に深刻なわだかまりをつくり出しているのも事実です。
 
 世界的な同時不況・新自由主義体制が吹っ飛び、昨年の3.11以降、この国は全てにわたってどうにも立ちゆかない状況が現出しています。為政者達は人々に犠牲(痛みの強要=共用)を求めます。この国で、孤独死や餓死が次々報告されるのに大金持ちは増えています。民主党・野田政権の下、橋下大阪市長や石原東京都知事は、非正規労働者=まともに生活設計が出来ない人々をつくり出すことに血道を上げ、労働者の団結、闘いに恐怖しています。差別・分断、排外主義をあおり立てています。
 この国に暮らす「99%」の私達にとって在留カード制の導入に反対する闘いは、この新自由主義下(資本は自由に世界を駆け巡る)、世界の闘う人々の中に国境はない!=この国に暮らす全ての人々と手を取り合えるチャンスです。誰もが幸せに生きられる権利のために、ここで生き抜き、生き抜くために闘いましょう (2012年3月16日)。









2011年「牛久入管収容所問題を考える会・年次総会」                                  

311日、東日本を襲った大地震と大津波、そして福島第一原発の破局的事故はこの国の有り様を一変させています。東日本入国管理センター(牛久入管収容所)の所在地である茨城県も福島、宮城、岩手などとは比較になりませんが様々な被害を被りました。 福島第一原発の破局的事故は「核と人類は共存しない!」を日々の現実を持って突きつけています。

 311日、午後246分過ぎ三陸沖で発生したM9.0の大地震、その余震が続く中、茨城県沖で316分頃にM7.0の地震が発生しました。これ以降の牛久をめぐる状況は日本の外国人政策が如実に表れている所=「収容所って何?」をあからさまにしています。 当日は午後の居室自由解放時間帯でした。運動の時間になっているブロックの人たちもいました。各居室の天井近くに備え付けられているテレビは大きく動き、居室内の棚の荷物は飛び出し、「這ってベットの下に潜り込んだ」、居室前・ホールのロッカーは倒れ、卓球台は片足が折れ、1993年に建てられた旧棟は亀裂が走り、運動場に出る階段は段差が生じて・・・という有り様です。何人かが倒れAEDを使用(以降の余震時も使用 )、運動場に出ていた被収容者の中にはショックで倒れた者を運ぼうとして混乱の中、ドアのガラスが割れ、血を流す者、責任者に「緊急時の対応について」説明を求め詰め寄る者もいます。パニックの最中には当局に対する怒りでガラスが割られることも起きました。断続的な激しい揺れの中、午後4時半以降、職員達から告げられた言葉は「食事が配れないから早く部屋に入って!速やかに部屋に戻って食事を取り寝なさい!」。各居室に鍵がかけられました。しかし、閉鎖空間に閉じ込められることに激しい抗議が起き、この日の夜間施錠はなくなりました。

  聞き取りをした被収容者が一様に「死を覚悟した。こんなところで死にたくはない!と思った。」と語ります。 その後も入管からは何の情報も与えられず、特に福島原発のことは「母国との電話で初めて重大性を理解した」、今後の巨大地震の可能性と被収容者の安全確保について職員に聞くと「可能性を考えたらきりがない!」と言われたそうです。

   2012年7月導入予定の「在留カード制」導入に反対の声を! 

新自由主義の破綻が世界中で激しく進行している中、200万人以上存在する(正規・非正規を問わず)日本における滞日・在日外国人の状況も大きく変わろうとしています。 

 20097月に改定された入管法・入管特例法・住民基本台帳法による新しい在日外国人管理法が来年7月をめどに実施予定です。戦後60年以上続いてきた「外国人登録制度」を改編し、この国に暮らす外国人を対象として、その個人情報すべてを治安管理の対象として法務省・入国管理局が一元的にデータ管理する「在留カード」の導入を図ろうとするものです。摘発、収容、強制退去による治安管理政策をより強化するものであり、すべての在日外国人の尊厳と自由を奪うものです。特に当会とも関係の深い仮放免者たちに対して言われている「仮放免者は適用外!」でどうなるのか?「在留カード制」に対する取り組みを強化するために,124日の総会では大きなテーマとして提起します。

 東日本大震災、福島原発の破局的事態の進行はこの国に生きるすべての人々に大きな課題を突きつけています。為政者や東京電力をはじめとする資本家達は自らが引き起こした大災害をも利用して、被災地を切り捨て「民は死しても自らは肥え太る」そのものを画策しています。目に見える形で声を出し始めている仮放免者・この国に生きる全ての外国人をそのスケープゴートにさせてはなりません。   


9・28(水)東京入管デモ!

申し入れ書


法務大臣殿
東京入国管理局長 殿

私たちは、難民申請者を含む外国人とその支援者です。私たちは、外国人に対する入管当
局の対応があまりにも非人道的であることに、日々憤りを感じています。

8月下旬から東日本入国管理センターでは、被収容者のハンガーストライキが闘われまし
た。収容所内の処遇改善を求めたハンガーストライキは一旦終息しましたが、問題が解決
したわけではありません。特に東日本入国管理センターでは被収容者からの告発で「外国
人をいじめるのが楽しい」と公言した職員がいることも明らかになりました。頻繁に自傷
行為や自殺未遂が繰り返されています。
私たちは、面会活動によって、被収容者からさまざまなお話を聞きます。法的には「船待
ち場」として規定されている収容所が、刑務所などの矯正施設と同様の現状にあること自
体が法律違反であることは明らかです。
日本は国連人権規約、難民条約を批准し、その国際法の精神を実践する立場を明確にしな
がら、現実に行われている入管施策があまりにもかけ離れていることに、私たちは怒りを
禁じ得ません。抗議の意志を表明し是正を求めます。

私たちは以下のように要求します。
1.    難民(申請者とその家族)及び移住労働者を人道的配慮に基づいて扱うこと。特
に難民申請者にあっては犯罪者としてではなく、国際法上の難民=庇護すべき対象として、
まず措定してください。
2.    仮放免者について、労働を禁じていますが、人間が働くことは生きる権利であり、
現実問題としても生きていくためには働かなければなりません。仮放免者に労働の自由を
保障してください。やむを得ず働くことが出来ない、もしくは働くことを禁ずる場合は人
間らしく生きられる保護費を支給して下さい。
3.    長期収容・再収容をやめ、仮放免時の保証金を引き下げてください。
4.2012年7月に導入が予定されている新たな在留管理制度=「在留カード」の中止を求
めます。
 3・11東日本大震災以降、日本でも失業者が増え、非正規労働者が増え続けています。
仮放免中の難民申請者や移住労働者は生活することも困難な状況に置かれています。
 東京入国管理局は、難民を含むすべての外国人にたいして人道的な立場をもって、人権
を守る施策を行うよう要求します。


2011年9月28日              9.28東京入管デモ 参加者一同


難民を人間として扱え!
収容するな! 仕事をさせろ!
反原発!反失業!


デモ呼びかけ:外登法・入管法と民族差別を撃つ全国実行委員会 

 

 

 

 

 

 
  


緊 急 申 し 入 れ

東日本入国管理センター所長 殿

牛久入管収容所問題を考える会

 東日本入国管理センターにおいて、長年、面会ボランティアとして、貴センターに収容されている外国人と関わりを持っております、牛久入管収容所問題を考える会は、8月21日より7Aブロックで被収容者の方々がハンガーストライキを行っていると聞き及びました。当該被収容者の健康問題に多大な影響を与えかねない事態を招くことの無いよう、人権に配慮した誠実な対応を求めます。特に、被収容者が求めている「責任者との話し合い」に応じて頂けるよう求めます。

 貴センター所長宛に7Aブロックの方々が嘆願書を出しています。当会はこの文書を読ませて頂きましたが、8月中旬の猛暑の中で書かれたこの文書には、当該の方々が切実に処遇の改善を求めていることがうかがわれます。
 
 本年3月11日に起きた東日本大震災以降の様々な事情はあるとは思われますが、処遇規則に基づく最大限の配慮は当然です。
 特に官給食については、他ブロックの被収容者からも苦情を聞きます。5月27日には3A、3Bブロックの被収容者からの意見書も貴センターあてに出されています。入管局のホームページに掲載されている「処遇」を見ると、被収容者から聞く現在の官給食とは大きな差があり過ぎます。改善を求めます。
  
 仮放免許可の弾力的運用を求めます。長期収容者及び再収容者に於いては「どうあっても帰国出来ない理由がある」事情を考慮して頂き、早期の仮放免をお願いします。成田で上陸拒否に会い、貴センターに移送された難民申請者には特段の配慮・早期の仮放免の許可をお願いします。刑期満了後の移送者は日本人ならあり得ない2重の処罰を受けていると取れる状況にあります。
 当会は従前より仮放免の保証金額を引き下げて頂きたいと申し入れていますが今般の経済状況の悪化に伴い、仮放免が許可されているにも拘わらず手続きが進まない被収容者が出ないようにお願いします。

 医療の問題についても被収容者は多くの問題を抱え様々な不満をお聞きします。

9Bブロックで、警備課職員による「外国人をいじめるのが楽しいんだよね!」などの差別暴言が発せられるような処遇環境の下で被収容者からの様々な苦情が聞かれます。今回のハンガーストに対し人道的配慮に基づいた対応を重ねて申し入れます。

2011/年8月24日
   連絡先:茨城県つくば市高野1159-4 田中喜美子(029-847-5338


牛久入管収容所・被収容者の嘆願書
(110826掲載)





8月の定例会は滞日の方達を招いて恒例のバ−ベキュ−












牛久入管への申し入れ(6月30日)




世界難民デ− 2011年6・20
牛久駅前でチラシ配布&マイク・アピ−ル
15名の参加でチラシ1500枚を配布
駆けつけて下さった皆さんありがとう!


 





東日本大震災に関する牛久入管への緊急・申し入れ(4月13日)

申し入れ書


弁護士の大川秀史 先生
(日本弁護士連合会国際室嘱託、関東弁護士会連合会「外国人の人権救済委員会」委員長、
東京弁護士会「外国人の権利に関する委員会」副委員長)
らが、 
 日弁連・関弁連・東京の3弁護士会の共催でこのほど、
震災外国人電話法律相談を開始されました。

下記を参照ください。
soudann0408.pdf へのリンク


2011年4月6日、仮放免者の会は牛久入管に申し入れ行動を実施


面会報告:牛久の会員のFさんは、下記の文面をHPに掲載することを依頼されました。








ネブロスは、クルド民族のお祭り
(2011年3月20日 蕨市)

東日本大震災へのカンパが寄せられました!

世界の多くの場所で、毎年3月21日に行っている

祭りの起源は、古代メソポタミアに

弾圧や悪政、不正や暗黒を終わらせ自由と希望
明るさと美しさの始まりを求める祭り

現代での意味は、抵抗を続けるすべての人民
抑圧された民衆解放の祭りです


面会報告;3月16日(水)田中喜美子

3月11日の東日本巨大地震後初めて牛久入管に面会に行きました。

13日頃から牛久の中の様子が被収容者達からの電話で徐々に伝わり始め大変なパニック
状態に陥っていたことが推察されました。

 JR常磐線が取手駅以北が不通のため面会受付には車が使える外国人女性がひとりと当会
の会員3名だけ。牛久入管は全くの「陸の孤島」状態。終日面会室も閑散として面会ボラ
ンティアとしては面会行動が大いにはかどり通常5組の面会が何と7組出来ました。

面会に先立って所長宛の要望書を渡し、要望書は公開することを伝えました。

面会で被収容者達は11日当日の巨大地震への恐怖、それ以降の余震等に対する不安、福島
原発の放射能汚染に対する怯えを口々に語っていました。12時50分頃には銚子沖地震の発
生で牛久入管も激しく揺れ、一瞬緊張しました。

1993年に供用が開始された旧棟に於いてはひび割れ等が発生し1A,1Bのブロックは現在閉
鎖され新棟の5A,5Bブロックに全員が居室移動になった。
この1A,1Bのブロックに於いては茨城県沖とされる2度目の地震の時、被収容者が鍵がか
けられたままで狭い居室に閉じ込められている状態に怒りが爆発し、強化プラスチックガ
ラスをぶち破り全身血だらけになる者、地震のショックで倒れる者もあり、「ドアの鍵を
開けろ」の大合唱により、12日朝まで全収容棟の居室の施錠は外された。
 
私が面会を申請した、日本について間もないクルド人は98年にトルコでがれきの下敷きに
3時間埋まったという地震の被害を受け、PTSDに陥り11日以降部屋から一歩も外に出ず、
うずくまり、帰国のサインをした、と同国人から報告されました。

現在、地震前は毎日温かいシャワーが使えたのが週2回程度に制限されている



   要 望 書

 東日本入国管理センター所長殿

 

 東日本入国管理センターに於いて長年、面会ボランティアとして、貴センターに収容されている外国人と関わりを持っている、当「牛久入管収容所問題を考える会」は以下のことについて強く要望します。

 

  311日午後に発生した東日本巨大地震と一向に収まらない余震の群発、長野大地震、315日、夜半に発生した静岡大地震とだれもが直面したことのない巨大災害の渦中にいます。特に、東日本巨大地震と続いている余震では通常閉鎖された空間に収容されている外国人にとってどれほど大きな恐怖を抱いたか?察するに余りあります。実際パニック症状を起こし倒れたもの、様々な被収容者の平静ではいられない抗議行動が起きたことを聞き及んでいます。

 この大地震に伴い現在、世界的規模の大事故として福島原発の破滅的大事故が現在進行形の形で、関係者の必死の努力にも拘わらず進行しています。当該地域住民とまったく同じレベルで茨城も放射能汚染直下にあります。

 フランスをはじめ世界各国政府より本邦に滞在する外国人に対し「国外避難勧告」が出されていることは貴職に於いてはご承知のとうりです。

 

 以上のような状況に鑑み、当会は以下のことについて早急なる対処をお願いする次第です。

  1,自主的出国を望んでいる被収容者に於いては当該大使館等との緊密なる連絡の下、「早  急、安全」な出国を実施してください。帰国費用の調わない出国希望者には国費送還  を柔軟に実施してください。

  2,仮放免の申請を出して、帰国を拒んでいる被収容者に於いては早急に「仮放免許可」  を出してください。なお、その際、茨城県、牛久市がJR等交通機関がマヒ状態に陥  っている間は当該仮放免許可者、及び保証人との協議の下、品川入管への移送「仮放  免」を行ってください。

  3,仮放免の条件が整わず「長期収容」を余儀なくされている被収容者に於いては「拘禁  性のストレス障害」等肉体的・精神的障害がますます増大していることに留意し、早  急なる「職権仮放免」等の対処を行ってください。

  4,やむを得ず、当面収容が続く被収容者に於いては放射能被爆から少しでも被害が軽  減するよう措置を執ってください。気象条件による屋内待避(運動時間)、マスクの  運動時間中常時使用、ヨウ素剤の常備等を実施してください。

  5,夜間等の各収容居室に対する施錠を中止してください。            
6,上記要望に関し早急に各国言語による丁寧な説明、具体的対応をお願いします。                                
 
2011316                       牛久入管収容所問題を考える会 田中喜美子

                          300-2642 茨城県つくば市高野1159-4 п@029-847-5338


面会報告 増田博光(110315UP)

 14日(月)、牛久で1Bブロックの人々と面会しました。

 地震発生当初は、みんなパニックになり、その過程で3人が倒れた(スリランカ2人、バングラデシュ1人)。
11日は医師は休みで、看護師がAEDを使って3人を救助した。その過程で窓ガラスも壊れた。

 懲罰房に入れられた人はいなかったが、地震発生から40分ぐらい全員を各部屋に閉じ込め鍵をかけていた。
パニックになった人々をふくめ、職員は「心配ない」「心配ない」と言って、全員が部屋のドアを叩くまで鍵は開けなかった。
1Bの人は、5Bに移され、11日から12日朝までパブリック・スペースを開放した。開放後は、12、13日とも部屋の鍵は閉めていた。

 震度が一定以上になったら全員解放すべきと考えます。

 被収容者の証言をふまえ、総務課の山岡課長に緊急申し入れを行ったが、
「収容者のことを第1に考えている」「文書を見て回答する」の一点張りで自己弁護に終始していた。

面会報告(110304UP)

2月24日・被収容者の抗議行動と27日、28日・2件の自殺未遂    田中喜美子

2月25日(金)午後、牛久入管に被収容中のクルド人から「9Aのクルド人達がひどいことになっている」との電話連絡があり、28日(月)確認のため面会をしてきました。

28日、午後2時45分頃入管で面会手続き、クルド人達は3名とも7Aに居室替えさせられており、1人ずつしか面会できないとの入管側の説明に何度か食い下がり職員立ち会いを条件に、3名一緒に面会できるようになる。

この間、警報が鳴り、多くの職員があわてて収容棟方面に駆け込む。

大分待たされ3時40分過ぎやっと面会の順番が来る。

面会室に現れた3人の内一人は興奮して「いま、一緒に7Aに移されたイラン人(牛久への再収容者)が電機コードで首つりをして心臓が止まった。職員が心臓マッサージをしてAEDの器械を使った。」

後の二人は憔悴しきっていた。

 

以下、聞き取りにより判明したこと

2月24日(木)に牛久入管内9Aブロックに於いて被収容者達による抗議行動があった。

  発端は午前中の運動時間にサッカーをしていた被収容者達が、時間が短すぎる(40分)、もっと運動時間を長くしろ!と所長との昼食後の面会・話し合いを要求した。

 所長との面会を求めて

@運動時間を長くしろ

Aなぜ難民を収容するのか

B仮放免を早く出せ

B仮放免後、すぐに再収容するな

 等々を要求したが、所長は彼らの前には現れず、現場の責任者によって午後4時半、各居室に戻るように・・・の説得があった。クルド人3名を含むイラン人等6名が居室に戻ろうとしなかったことから職員100人?位によって制圧行動が行われた。

 

クルド人3名を含む6人が7Aブロック(懲罰房的役割の1人部屋)に閉じ込められた。

この最中に顔を安全靴で踏みつけられ、後ろ手にされ引きずられての居室移動。擦り傷、打撲痕、青あざ等が残るくらいの制圧を受けた(田中確認)。

自殺を図ったイラン人難民申請者は2度目の収容で7Aに移されてから食事を拒否していた。

28日、田中面会後は7Aから居室が移動される(元の9Aに戻されるか?)とのこと。

 

3月2日の当会の面会で、27日には9Aのスリランカ難民申請者(牛久に3度め目の収容)がやはりコードで首つりをし、こちらも発見が早く大事には至らなかったことが判明しました。

 

品川に於いて「仮放免者の会」が抗議デモをした25日の牛久収容所内における連帯ハン

ストは各ブロックで参加者はまちまちでした。

 

24日、所長面会を求めて居室前ホールに座り込んだ9Aブロックの2名が27日、28

日に自殺を図るという事態はまったく異常です。

24日の当局の対応、および難民申請者に対する「再収容問題」に大きな原因があると思

います。


面会報告(Oさん)
(110301)

 二月末の面会で、頼まれたチョコレ−ト等の差し入れで心のなごむ思いをしました。

普段は様々な苦しみの訴えの中で、収容者の間での助け合いの姿は美しいものでした。
N国への国費送還者は一銭もなく帰国後のバス代もない様子に
同じブロックの仲間がお金を出し合い、
一万円とおみやげ用のチョコ菓子をプレゼントしました。

皆、金銭的には苦しい中だからこそ、こういう行動は、心温まる姿でした。



牛久の会が第25回東京弁護士会
人権賞 受賞


 

 
弁護士会館で表彰式 2011年1月5日




法務省記者クラブで記者会見 2010年12月3日



「東京弁護士会 人権賞」が発足してから2010度で25回目を迎えます。この賞は、本会及び民間の個人、グループ、団体の優れた人権擁護活動を表彰し、基本的人権の定着、発展に寄与しようとするものです。いわば在野の人権活動に光をあて、これらの人々を励まし、より一層の人権活動が活発になることを目指すものです。東京弁護士会は、この賞の趣旨を次のように述べています。

戦後、日本国憲法のもとに基本的人権は生まれて育ってきました。しかし、人権が侵される事例はまだまだあとを絶ちません。社会の変化とともに人権の中味も変わっていきますし、新しい人権をも育てていかなければなりません。日本国憲法が謳っているように、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」(97条)です。このような「自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(12条)ものです。人権は、多くの人々のたゆみない努力によって、擁護され発展し、定着していくものです。弁護士法第1条は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定め、人権の擁護を弁護士の責務としています。東京弁護士会はこうした責務を自覚し、いまなお人権に対する侵害が存在し、人権の内容の空洞化などが指摘されているなかで、人権擁護活動に地道な努力をつみ重ねてこられた方々を表彰し、人権の発展、定着に寄与することが極めて意義のあることと考えております。

 

本賞の対象者は、次のような人権擁護活動です。

  1. 人権侵害に対する救済活動−例えば再審、冕罪事件の弁護活動等
  2. 国際的な人権活動
  3. 人権にかかわる立法への貢献又は阻止活動
  4. 人権思想の確立のための研究・啓蒙活動
  5. 公害・社会福祉の分野における人権活動
  6. その他、新しい人権の確立のための活動等、広く人権に関する活動

 

この賞は、東京弁護士会が制定しているため、原則として、東京都内に住所、事務所又は活動の本拠をおくものですが、その活動が全国的又は国際的な拡がりをもつものを含みます。

2006年度には「救援連絡センター」が受賞しています。



































2010年 9月 25日の例会の様子



8月恒例のバ−ベキュ−懇親会
     2010年 8月 22日(日)












日本に住む難民にお話を聞く
(イラン人Fさん:2010年 6月 26日の例会


 Fさんは1989年に、当時多くのイラン人が日本をめざし、出国していましたが、その中の一人として来日しました。彼らにとっての大きな理由の一つが当時はビザが免除されていた、ということがあります。1979年のイラン・イスラム革命、その後のイラン・イラク戦争等々でイラン国内が非情に混乱・困窮する中で多くのイラン人達が、移民・難民として国外に活路を求めて出国せざるを得ない状況がありました。日本文化については当時「おしん」のテレビが放映されていて大変な人気だった事を含め日本の戦後の発展等に興味・親近感があったそうです。
 彼は1979年のイラン・イスラム革命時代、ジャーナリストとして多くの反体制派の新聞にルポルタージュを書いていた。反動的な宗教政治に反対し、国内を転々とし、弟がFさんと間違われて獄中に入れられたことも含め身の危険を感じ国外に逃げた。奥さんとは離婚し、元妻は軍のナンバー2と再婚、現在も息子、孫と暮らしているので、今も母親や肉親との連絡も慎重にならざるを得ない。その後、弟は不審な交通事故で死亡。

 来日後、友人と連絡を取り合ってカナダへの政治亡命のチャンスを狙っていたが、病気・入院を経てチャンスを逃し、オーバースティになり埼玉県新庄市に暮らす。新庄の鉄工所で働き、社長に重用されていたが、社長の病死と鉄工所の経営破綻に伴い賃金未払いのまま「ゴミを捨てるように・・・」警察に「オーバースティのイラン人がいる」と密告され、捕まった。

 入管に収容されていたのは1回目が3年2ヶ月、仮放免後2回目が9ヶ月でした。
彼は例会参加者の大学生に体中の湿疹を見せながら、一生懸命「入管での収容生活」はストレスだらけで不衛生だったことを語ってくれました。また、歯医者は「抜くだけ」の治療のため、ほとんど歯がなくなった事も。
牛久から強制送還されたイラン人難民の安否、イラン人の被収容者達が「イラン行き」の飛行便がある月曜日と木曜日は前日から眠れず、朝早くからの物音に怯えている様を語ってくれました。
 2003年1回目の仮放免の保証金は80万でした。長い収容生活、賃金未払いでしたので所持金はゼロ。どうしようか?と頭を抱え込んだものでしたが、Fさんのお人柄も有り、弁護士さんの尽力と運良く池田香代子さんの「100人村基金」からお金を借りることが出来ました。池田さんとは昨年、パレスチナの集会で感動的な出会いを果たし、「やっとお礼を言うことが出来た。」と喜んでいました。

 Fさんはテヘラン大学でデザイン関係を学んでいたこともあり収容中に絵を描くことを勧めました。当時(2000年頃)、色鉛筆や画用紙を何とか差し入れすることが出来ました。例会当日、多くの作品を持参し、絵を見ながら収容所での生活を説明して下さいました。港町診療所・山村先生の本「壁の涙」の表紙を飾る絵もその一つです。
 尚、これらの絵は、田中が保管することになりました。以前もミニ展覧会などに使わせてもらっていますが、ご希望があれば貸し出します。
現在は昨年「病気治療」の特定ビザが出て、とりあえず仮放免状態からは解放されたのですが、2回の長期収容は彼に取り返しの付かないダメージ、PTSDを負わせています。

 彼は、「人の役に立つ」ということが本当に人生の大事なことと考える人です。ホームレスのための炊き出し、子ども達に絵を教える、食糧支援の荷物の仕分け等のボランティア活動を率先しておこなっています。

 私達は、彼のような人々とどう向き合い、共に生きていくのかが問われているのではないか?考えさせられることです。



          


 
7/14東京弁護士会 夏季研修会で牛久の会の報告


ご支援ありがとうございました
牛久収容所のある牛久市の駅前で

6・20難民デ−の取組み






















 


日本に住む難民にお話を聞く(トルコ国籍のクルド人Aさん)


2010年 5月 22日の例会の様子

1)入管による収容の実態

 

・これまで2回収容された(期間は33ヶ月間と1年間)。

・牛久での収容が3年も続く中、いつ出られるか不明だったので70日間のハンストを闘った。

・この後、収容期間を1年程度とする目安のようなものができた(しかし、今でも2年以上の人がいる)。

・被収容者の精神がおかしくなるまで外に出さない。

・東京拘置所のほうが食事も医療もはるかにまだましだ。

・牛久収容所を出たクルド人の三人に一人が精神病院に通院している。

 

2)難民をめぐる現状

 

・当人が日本人の配偶者であるのに強制送還される事例もある。

・法務省は英国の調査結果を引用し、そもそもクルド問題など存在しないと言う。

・しかし、トルコではクルド人の市長や国会議員が逮捕されている。

・イランではクルド人の教師が4人死刑にされ、弁護士が行方不明になっている。

・仮放免の更新手続きに一ヶ月か二ヶ月ごとに入管に呼び出される。おかげでこんなにポイント(印)がたまった(エコポイントになぞらえて皮肉)。笑ってしまう!(写真参照)。

・オーストラリアへの第三国出国を申請中だが34年待ちになりそう。

 

3)品川入管について

 

・品川入管の担当者は法律をろくに理解していない。そんな人が聞き取りを担当している。

・「裁判をするな」と言い、法律に無関係な強制収容をする。

・品川入管に出頭する行きと帰りで、同じ警察官に職務質問される。

・警察は、難民が入管で手続きを完了する前に逮捕したがっている。

・麻薬などの犯罪は調査・証拠集めに大変時間がかかるが、オ−バ−ステイは簡単に逮捕できる。

・品川で職務質問が多発するのは、昇進のポイント稼ぎにしているからだ。

・私服警官はすぐ特定できる。獲物を狙うような見方で外国人を見るから。





2010年 5月 22日の例会の様子




2010年 4月 24日の例会の様子

日本に住む難民にお話を聞く 4/24(スリランカ国籍のAさん:男性)

 

1)スリランカの概要
・人口約二千万人で、宗教は仏教、ヒンズ−教、イスラム教、キリスト教。

・言語は、シンハラ語(仏教)、タミ−ル語(ヒンズ−教、イスラム教)、英語(多くの人々が話す)。

・人口の72%がシンハラ語を話し、タミ−ル語を話す人々とは相互の会話はできない。

1948年に英国から独立し、セイロンに。

1956年シンハラ語公用語法案が制定されシンハラ・オンリーの政策によってタミ−ル人との対立が高まる。

1972年までは言葉をめぐる戦争があり、1990年までは民族問題で内戦。

2009年、内戦は中止したが、軍事力でコントロ−ルされているだけで政治的問題は未解決。

・いつ内戦が再発するかわからない。

 

2)難民をめぐる日本の現状

・日本で収容中のスリランカ人は、いったん成田に着き、カナダ、欧米への入国を考えていた人が多い。

・日本以外の各国はスリランカの国情を理解しているから少し待たされるが難民認定し、強制収容はしない。

・各国では難民申請の仕方を示している。日本では入国カウンタ−等での表示がない。隠しているのか?

・仮放免制度の制約はひどい。1ヶ月ごとの更新や居住地域外への通行許可申請や就労禁止等々。
スリランカでは20年以上内戦があり学校へもろくに行けないから文字の記述が不自由な人もいる。
欧米では国際弁護士が本人から直接聞き取り、難民申請書を作成してくれる。日本では見たことがない。

・収容されているから情報も満足に入手できず、ストレスの中での短期間での申請書提出など出来ない。
2年以上、牛久に収容されているアフリカからの人がいる。難民として逃れてきたから日本語も話せず、仮放免の保証金50万円 も用意できず困り果てている。

 

3)入管職員、難民審査参与員、通訳について

・入管の職員は難民条約のことをよく知っていない。日本では難民という概念そのものが理解されていない。

・難民に対応する部門と強制送還の準備をする部門を同じ入管職員が担う。日本は難民条約を守っていない。

・参与員も本当に情報を聞き出すのではなく、最初に難民認定しないという結論ありきで画一的な質問のみ。

・通訳の能力があまりにも低すぎる。

・難民を助けるための入管ではなく、日本人を守るための入管であると言い放ち、スリランカに帰れと言う。

・裁判中であるのに、「結果はスリランカに帰ってからでもわかる。裁判に負けたらどうするか」と恫喝する。

 

4)食事、医療、の問題

・入管での食事は家畜のエサに近いと言うより、エサよりひどい。

・収容が一ヶ月程度の人なら我慢できるが、12ヶ月以上だと体がダメになってしまう。

500名近い収容者に対して医者は一人だけ。外の専門医に診てもらうべきなのになかなか行かせない。

・コスト削減のため、薬は安いジェネリックが多い。内科医が精神科医の出すべき薬を処方している。

・金曜日の午後から月曜日の午前中は、倒れても死にそうになっても医者は不在。

・歯医者は一ヶ月待ちで、抜歯か痛み止めの薬のみの対応。


牛久入管の被収容者約70名が
5/10から無期限ハンスト突入


要望内容

1.難民条約に基づいた審査と手続きを
2.長期収容・再収容をするな
3.仮放免の保証金額の低減を
4.医療体制の改善を
5.強制送還時に死亡したガ−ナ人の死因解明・補償・再発防止を
6.配偶者がいる人の収容停止を
7.全ての職員に名札の着用を



牛久の会は5/14つくば市内で緊急記者会見
「思いを受け止め、仮放免の早期実現を」と訴えた



牛久の会は多くの難民の方々と共に登壇し団結を訴えました

 



 

 





日本に住む難民にお話を聞く 3/27
(トルコ国籍のクルド人・Eさん:男性、1976年 生まれ、2001年来日)

 

1)高校生時代のトルコ国内でのクルド人に対する迫害

・高校3年生の時(1994年)校長が生徒との会合の場で「ネブロスの祭りなどは存在しない、それは反政府のテロリスト達が山中で行っているものに過ぎない」との暴言を吐いた。

・この発言に対して抗議し、クルド民族の五千年の歴史ある大切な行事であることを説明した。

・校長はクルド人はテロリストだと決め付け、警察に連絡しEさんを逮捕させた。

・警察では3日間、暴行を受けながら取り調べられた。

・高校を退学させられ、PKKの支援者として登録された結果、国内のどの大学へも入学できなくなった。

 

2)トルコでの軍隊の実態

・トルコでは二十歳になると一年半の兵役が強制される。

・兵役を拒否すると死ぬまで刑務所に投獄される。

・入隊すると同胞のクルド人を殺す側に仕立てられる。

・どうすればいいか悩みぬいたが、入隊せざるを得なかった。

・背が高い(180 cm以上)こともあって特殊部隊に入れられた。

1997年の4,9,12月、クルド地区への進入・攻撃があり多くの村民が殺された。

・入隊した友人も20人が戦死させられた。
・軍のヘリコプタ−が墜落し多数の兵士が死亡した時は、誰のかが判らない肉片をかき集め、袋に入れたものが「遺体」として家族に渡された。

・軍隊の実態を写真やFAXで国内の人々に報告した。

・公安の私服警察や秘密警察から命を脅かされる状況になって、国外に逃れざるを得なくなった。

 

3)日本政府・入管のクルド人に対する迫害

2001617日に来日した。当初は特にお金がなくて困った

・難民申請し、2002年にUNHCRのインタビュ−を受けた。

・入管当局は「英国がPKKをテロリストとしている」ので難民認定しないと言う。

・英国が日本の入管のこの実態を知っているか確認したい。

・そもそも、ここは日本である。英国とは関係ない。日本の国旗は「英国旗」か?

2006年に地裁、2007年高裁、2008年最高際判決があったが全て却下。

・どの申請者に対しても、難民たる「理由が足りない」と一律的。政治裁判であり形式的なショ−だ。

・品川入管に8ヶ月間、強制収容された後、牛久入管に移された。

・長期間の非人間的な強制収容によるストレスとトルコへの強制送還(死をも意味する)への恐怖で、体重が20kgも減少した。

・収容中、十二指腸潰瘍、ヘルニヤ、目、等を患った。軍隊時代の過酷な体験や電気ショックなどの拷問や殺された友人、親戚の夢に苦しんだ。トラウマ、PTSAにさいなまれた。

・歩くことも立つこともできなくなり意識が朦朧とし、お湯も吐く状態になり出血が続いた。

・それでも入管は、車椅子使用もなかなか認めず、外の医師が必要と認定した薬もコスト削減から与えなかった。痛めていた足の状態もさらに悪化した。

・これに抗議すると、20人がかりで車椅子から引き立てられ、スペシャルル−ムと呼ばれる最悪の拷問部屋に3日間隔離された。この時トルコへの強制送還にたいする恐怖心は大変なものであった。

 

4)異議申し立て時の参与員インタビュ−での通訳の問題

・通訳担当者は、トルコ語の能力が全く不十分で、主張のごくごく一部しか通訳できていない。

Eさんが日本語で説明しようとすると入管はトルコ語で話せと強要する。

・十分の一しか通訳できない状態で本当のことが伝わりますか?

・通訳の能力不足の問題は極めて深刻です。

Eさんの締め括りの言葉は「それでも、とにかく頑張って生きていきます。人生はまだまだこれからです。」


第19回 関西研究交流集会 2010年4月19日 大阪市 東成区民ホ−ル

 

    

 


ビルマのお正月 ダジャン水かけ祭  4/11吉祥寺・井の頭公園
 

   

 


国連人権理事会移住者の権利に関する特別報告者 ホルヘ・ブスタマンテ氏と
NGOの意見交換及び収容と送還問題に関する実態調査が行われました



田中喜美子 氏        ホルヘ・ブスタマンテ氏

 東日本入国管理センターにおける収容と処遇の実態

                                                    2010324

 

  報告者  牛久入管収容所問題を考える会;田中喜美子

 

 東日本入国管理センターは19931224日に現在の地、茨城県牛久市に開設されました。出入国管理及び難民認定法に元付き、法外の外国人に対して「速やかなる退去」を強制する法務省・入国管理局下の施設です。建設当初の収容定員は300人、現在は200312月より増設され収容定員700名の施設です。

   1993年は日本における超過滞在者がピークの298646人で退去強制手続きを受けた人数もピークの7404人でした。2009年は不法入国者を含めた非正規滞在者が1213万人存在し、退去強制令書が発布されたものが24442人でした。報告者が この統計を取り上げたのは入国管理センターの開設に大きく関わるものとして日本における1990頃よりの激増した非正規移住労働者(難民も含む)の存在があり、近年非正規滞在者が大きく減少したのはこの5年間における法務省・入国管理局による「不法滞在外国人半減政策」による激しい「外国人狩り」とも言われる一斉摘発が行われたためと見ることによる。そして、これらの政治的・経済的、時代背景が出入国管理・難民認定法の矛盾=これを体現する施設としての東日本入国管理センターにおける現在の矛盾を生み出すと考えるからである。

 

  報告者が東日本入国管理センター(以後牛久入管と称す)に収容されている外国人に対する市民ボランティアとして面会行動を始めたのは1995年からです。当初は月12回、自分一人の面会行動でしたが、現在は「牛久入管収容所問題を考える会」として、面会ボランティアも常時78名が日常的に面会活動しています。100%NGO団体です。

 

  20103月現在、報告者及び当会の会員が牛久入管に於いて面会をしている被収容者は約170名程度です。そのほとんどが難民申請者及び日本に家族があり「出身母国に帰れない!」、強制退去を拒む=長期収容を余儀なくされる人々です。牛久入管には常時4500名程度の被収容者が収容されているので実に約3分の1程度が該当します。

 

 当会が面会している被収容者の出身母国は様々です。スリランカ、イラン、パキスタン、ビルマ、トルコ国籍クルド人、バングラデッシュ、ネパール、インド、ベトナム、ブラジル、コソボ、アフリカ諸国(ナイジェリア、カメルーン、アンゴラ、エチオピア、ギニア、コンゴ、マリ、タンザニア、ガーナ・・・)等々

 

 当会が面会している方々の中で、過去に牛久入管に1年以上長期収容され「仮放免」になった方々が「再収容」、「再々収容」されています。難民申請(及び家族との分離を拒み特別在留を求める人々)が却下、異議の申し立ても却下、再度の難民申請とその却下、意義申し立ても却下、それでも「帰れない・帰国を拒む」人々が収容を繰り返されています。

 

 「速やかなる送還」を目的とした収容施設に「出身母国に帰れない・帰国を拒む人々」=難民申請者・家族と一緒に暮らしたい人々が1年以上甚だしくは2年以上の長期にわたって収容されています。

 本日(3/24)、午前中に牛久入管にて面会をしたクルド人難民申請者の22才の青年は18才の時に13ヶ月、20才の時6ヶ月、仮放免で出てから日本人と結婚して、昨年末から又収容されて今4ヶ月、この4年間の内2年以上入管の中!犯罪も何もしていない!どうしたら僕を認めるのか?こう語る青年は拘禁性のストレスから来るのか?常に小刻みに震えています。

 

 彼らが収容されている居室は定員が5名の部屋(通常4名程度収容)は広さは13u程度、定員が10名(通常89名収容)の部屋は広さが20u程度しかありません。畳の部屋で寝具として毛布が58枚(夏又は冬で枚数が異なる)支給されるところと、ベットの部屋があります。畳は古く被収容者が時にはダニ等によると思われる湿疹に悩まされています。部屋の中にトイレ、洗面所が付いています。個人用の荷物だな(扉のない)、食事用のテーブル、備え付けのテレビがあります。

  この居室にAM9時半〜11時半までとPM1時〜430分までの居室開放時間以外の全ての時間、閉じこめられています。国籍、民族、言語、習慣、収用の事情が異なる人々が一緒くたに収容、一日の大半を顔をつきあわせていなければならないのはトラブルを頻繁に引き起こさせます。トイレの習慣、食事のマナーの違いは時に収容者同士のケンカ等に発展します。狭い居室にトイレが付いているので多くの人が便秘や痔疾に悩まされています。拘禁性からくる?夜尿症になった人が何人もいます。見たいテレビでのもめ事、静かに生活したい人、騒ぎまくる人いろいろです。狭い居室で1日の大半を過ごすため頭痛、腰痛、肩こり等々に悩まされています。 様々な悩み事「無理矢理の退去強制の脅え」から不眠症は誰にでも患います。外の空気や太陽に当たれるのは月曜〜金曜(雨天は無し)までの運動時間3040分間しかありません。それで1年・2年以上も収容されたら健康に重大な障害を持つと思います。

 一日の内、居室開放時間の5時間30分の内に運動の時間、午後からの温水シャワー、洗濯、電話、面会、同じ収容ブロックの人たちとのお喋りや廊下にある卓球のゲームなどをして過ごします。

 

 食事は被収容者にとって悪評だらけです。野菜が少ない、料理の仕方が違う、食事の時間も特に夕食はPM4時半過ぎに居室に運ばれるため夜PM10時の消灯までには空腹に耐えなければなりません・・等々。

 

  被収容者同志、及び職員とのトラブルは頻繁にあり、スペシャルルーム、更に「最悪の部屋へ入れる」と職員から脅かされる懲罰室に隔離収容されます。天井から監視カメラで1日中監視され、運動、シャワー、テレビはナシ、たばこは吸えず、雑誌等も持ち込めません。トイレは、しきりが無く、埋め込み式で水は職員に流して貰うしかありません。隔離収容されるときは数十人の職員に制圧され革手錠等の特殊な手錠をされることもあります。

 

 「速やかなる退去」に抗す、帰国を拒む人々にとって「無理矢理の退去強制」の影は常に身心を脅かしています。

 2009年に於いても報告者が面会していた3件に対し「退去強制」が執行されました。いずれも日本人又は定住外国人の家族との分離を拒むケースでした。早朝、数十人の職員が居室になだれ込んで本人を毛布でぐるぐる巻きにして担ぎ上げて連れ去るというものです。他の被収容者への恐怖を植え付けます。

 

 現在は難民申請中の人々にとって「退去強制」は執行されていませんが、牛久入管に再・再収容された難民申請者の中には難民申請者も退去強制された過去の事例に遭遇していた人もあり、激しいトラウマとなっています。

 

 322日、ガーナ人が「退去強制」を執行され、成田空港の飛行機の中で「無理矢理の退去」に抗して、東京入管の職員の制圧により死亡しました。本日午前中に牛久入管に於いて面会をした方2名がこのガーナ人と品川入管に於いて同室でした。

 「退去強制」を拒んで品川入管に8ヶ月以上収容されていたこの方は、日本で16年前から日本人と同居し、3年前にこの女性と正式に入籍もしていました。腹部には大きな手術跡があり、体調もあまり良くなかったそうです。

 今年21日には最初の「退去強制」が執行され、帰国を拒んだ彼は飛行機の中で暴れ飛行機は途中から成田に引き返すということがありました。推察するに今回の「退去強制」にあって激しい東京入管職員の制圧・暴行が行われたのではないでしょうか!

 

 牛久入管に於いて難民・及び家族の分離等を拒む被収容者の長期収容が問題になっています。1年以上甚だしくは2年以上も収容されているケースが多く見られます。牛久入管からの収容が解かれるのは、ごくまれにビザがでて解放される方以外は「仮放免」という手続き以外にありません。仮放免には保証人と高額な保証金が要求されます。難民申請者には50万〜100万円位要求されます。成田で入国を拒否された難民申請者(特に日本にコミュニティが少ないアフリカ系人々)にとって、保証人、高額な保証金を用意するのは政府系の保護の制度がない日本では厳しい!です。長期収容者が多い理由のひとつです。

 又、日本に非正規で超過滞在していた難民申請者は「仮放免」の許可がなかなか下りず、収容の長期化と共に所持金を使ってしまったり、外の知人、友人との繋がりが薄れ、日本の経済状況の悪化も含めて高額な保証金を用意してくれる人もなくなってきます。「仮放免」の許可が出ているのに保証金が用意できずに2ヶ月も3ヶ月も収容され続けている原因です。甚だしくは許可そのものが取り消された人もいます。

 

 多くの被収容者が身心に大きな傷を抱え込んで収容されています。38日には日系ブラジル人が前途を悲観して自殺してしまいました。報告者は、彼が自殺する前に友人に出した手紙のコピー、入管の医師より処方された薬の袋のコピー等を持っています。明らかに鬱状態であった彼に大量の薬が処方され昼間もふらふらし、よだれも流している状態でした。

 それ以降も何件かの自殺未遂が起きています。報告者は今までに自殺までは発見が早く至らなかったが自殺未遂した人を何人にも面会しています。又、不眠、体中の痛みを訴え、入管内医師から、大量の睡眠薬、痛み止めを処方され「薬漬け」になり、仮放免後も精神病院に入院、通院を続けている人がいます。

 

 

 報告者は東日本入国管理センターの収容の実態を報告し、難民申請者を「速やかなる退去を求める施設=入管収容所」への収容を直ちに中止すべきであると主張し、難民申請者、移住労働者の人権を守る施策を日本政府・法務省に求めるものです。


国連特別報告官(移住労働者の人権)ブスタマンテ氏が
牛久入管を視察&被収容者と会見

牛久の会・会員による入管前行動








ブスタマンテ氏にアピ−ル
車は徐行し横断幕に注目










3/13 「ビルマ2008年新憲法と2010年総選挙はいらない集会&デモ」


トルコでクルド人政党・民主社会党に解党命令!

在日クルド人ら100名が国連大学前緊急行動(091218

党首ら2人の議席剥奪
党員ら37名以上の政治活動禁止5年

政党の資産も没収


クルド人に政治的自由と人権を!
「牛久の会」や首都圏の労働組合・学生も断固抗議

 





「世界人権の日」12/10
国連大学前に300人が結集!


ビルマ、クルド、イラク、チベット、エチオピア、コンゴ等
難民と支援者が「人権と自由」を訴える


「牛久の会」や
外登法・入管法と民族差別を撃つ全国実行委員会
首都圏の労働組合・学生も国際連帯

 

 

 

 


09年12/5 牛久入管収容所問題を考える会
年間活動報告会

 牛久入管収容所問題を考える会は入管収容所への面会行動と面会行動を通した難民・難民申請者、滞日外国人達との交流を活動の基本とするボランティアグループです。当会は今年も1年間、牛久入管収容所への面会行動を続け、この国の外国人政策「管理と排除」に向き合い続けてきました



基調報告

 出入国管理・難民認定法の改定ー牛久入管収容所からみる外国人政策の現実
     田中喜美子

 09年、滞日・在日外国人(難民・難民申請者を含む)の現状には大きな変化がありました。今年7月、当時の自民党政権下で民主党も賛成して十分な国会審議もなされないまま出入国管理・難民認定法が改定されました。改定の根幹に新たな在留管理制度=「3年後を目処にした在留カードの導入」があります。これにともない「在留特別許可に関わるガイドラインの見直しについて」という文書が法務省より公表されました。牛久入管、被収容者の間でも虚実入り交じった「うわさ」が飛びかいました。残念ながら「退去強制令書」が発布された彼らにとってはますますビザを手に入れることが狭き門になったようです。(新ガイドラインは法務省ホームページ参照)
 
08年後半、世界をかけめぐった「リーマン・ショック」、80年代以降世界中でもてはやされてきた新自由主義が破産し、世界中が大恐慌状況に陥っています。ささやかな生活を送っている自分にとっても勿論、ほとんどの人にデフレ=不景気は無縁ではありません。
 富の一極集中をもたらした新自由主義は所謂「南」と呼ばれる国々に於いてはもとより、世界中に激しい格差社会を作り出し、世界中で資源争奪をめぐる国際紛争は激化しています。人々が難民・移民労働者として生きざるを得ない状況が増大しています。
 イラク戦争の泥沼化、アフガニスタンに対する駐留米軍の増派等々、中東・アジアをめぐって政治状況はますます混沌としてきています。
 01年9/11以降、日本は「テロ対策」としての「外国人半減政策」=摘発を強力に進めてきました。国内の行き場のない不満が官製の排外主義とともに煽られています。08年の難民申請1599件の出現はこの裏返しとしての側面もあります。法務省・入管局にとっても「一大事の出現」だった、と思われます。

今回の出入国管理・難民認定法の改定=外国人登録法の廃止と在留カードの導入はこれまでの外国人政策を一変させる、この国に暮らす全ての外国人に対する「管理と排除」を徹底させる攻撃です。法務省のデータベースに全ての外国人の情報を一元管理するシステムであり、合法的な中・長期滞在者に対して在留カードが発行され常時携帯を義務付け、住所変更などの登録事項の変更は14日以内に地方入管局に届けないと罰金や罰則が科せられます。ビザが取り消されもします。

超過滞在者や難民申請者はいままでビザが無くても地方自治体に外国人登録をし、存在を証明され、例えば子供の教育等が保障されてきましたが、在留カードが発行されないことにより「見えない存在」・「不法な存在」とされ、いままで粘り強い交渉で勝ち取ってきた住民サービスも奪われかねません!
 難民申請者で長年にわたって仮放免のママでいた方々の扱いをどうするのか?大きな問題になりました。法務省は「難民認定の結果を早期に出す」として在留カードの適用外としました。これに伴ってか?現在際だって、難民申請者の「難民不認定ー異議申し立ての却下」に伴う、収容・再収容・再々収容が増えています。以前より相当早い「却下」の結果が出るようになりました。
 現在、意義申し立て段階で参与員制度が取り入れられていますが、3人一組9チームの28人の参与員が、(今後倍増されるそうですが、)どうやって昨年1599人の難民申請、今年も1千件を超えると言われています、それ以前の膨大な積み残しの案件、難民申請者の個々のケースを丁寧に審査することが出来るのでしょうか?

 難民申請の不許可や意義申立の不許可の隙をついて退去強制が行われ始めています。法務省データによると昨年比2倍の収容が行われており、家族がバラバラに引き裂かれるようなことが起きています。以前はあまり問題にもされず、子供が中学生以上の家族には「特別在留」がでていたケースが多かったのですが、「カルデオンのりこさん問題」以降特に、両親のパスポートが問題視され、超過滞在家族に、子供を残しての「親だけ出国」が強制されています。

 継続的な面会行動をしている当会の実感として、外国人に対する摘発が多い、難民申請の却下・及び意義申立の却下に伴う収容、仮放免の取り消しと再収容、再々収容が増えていると痛感します。牛久入管に長期収容され、やっと仮放免になり、晴れやかな笑顔で出て行った難民申請者が半年内外、甚だしくは1ヶ月後に「難民申請の異議申し立て」が却下され品川入管収容場に再収容、再び牛久に舞い戻り・・・。肉体的にも精神的にもどれだけ深い傷を負わせ、痛め付けていることか?日本に対する絶望感を植えつけていることか?・・・心が痛みます。
 
11月25日現在、定員700名の牛久入管収容所には当会が把握している方々だけでも150名以上の難民申請者が収容されています。
スリランカ27名、イラン23名、パキスタン16名、ビルマ14名、トルコ国籍クルド人11名、バングラデシュ11名、ネパール5名、インド5名、ベトナム5名、アフリカ諸国(ナイジェリア、カメルーン、アンゴラ、エチオピア、ギニア、コンゴ、ジンバブエ、ガーナ、ウガンダ・・・・各数名)合計33名、その他(コソボ等)4名。
 昨年末に比べて特徴的なのは、イラン・パキスタン人の難民申請者の際だった増加です。彼らの中には再々収容の方が何人も含まれます。イランの大統領選挙をめぐる政治的混乱と大弾圧、パキスタンの治安の悪化・・・「帰れない!・帰りたくない!」当然だと思います。
アフリカ諸国33名の存在・・・、日本が資源を求めてアフリカのどんな国にも出て行っている、政治的腐敗や内戦と深く関わっている、新自由主義の現実そのものを伺うことが出来ます。コミュニティがあまり存在しない彼らが仮放免の保証人、高額な保証金を用意するのは至難の業です。長期収容が多くなります。
 成田で難民申請をしたのに入国を拒否されている方々がいます。何のための「仮滞在制度」か?と問いたい!

被収容者は拘禁性のストレスを抱えています。離ればなれの家族のことを思い、「退去強制」の影に脅えていては当然です。ほとんどの方が不眠、頭痛、腰痛を抱えています。特に痔や夜尿で悩む人が多いのが気になります。習慣や、言語の異なる人が一緒くたに1日の大半を居室内で過ごす、8畳程度の5人部屋、12畳程度の10人部屋の中にトイレが付いている構造が排泄の問題を困難にしていると思います。

昨年まで面会者のブーイングの的だった入管の面会受付システムが改善され、面会が大分スムーズになりました。面会室を増やせ!「全件収容」をやめろ!と言い続けたい。

 入管は世界に繋がるいわば窓です。難民申請者・および移住労働者は日本に対してほとんどの方が夢や希望を抱いてやってきたのです。必死になってこの国で生きています。深夜の居酒屋、解体の現場、ゴミの回収場、養豚場や養鶏場、魚の開き、零細工場で働き、この国を支えてもいるのです。私が暮らす茨城の大規模経営農業も彼らの存在無しでは考えられません。1951年、東西冷戦が生み出した難民条約ですが、いま現在難民を生み出している元凶ーG7,G8の側が当然引き受けるべきです。私達の直ぐそばに暮らす彼らとどうやって手をつないでいけるのか?
 今日、参加の皆さんの中には11月1日の国際連帯労働者集会に参加した方も多いと思います。根本を変える力は国際連帯!の中にこそあります。法も社会も私達が主人公のはずです。変えられないものはありません。 誰もが「幸せに生きる権利」のために!


 
面会活動の報告


辻 慎也 弁護士の講演「難民申請者との面会活動」

 

 
大川 秀史 弁護士の講演「アジアの難民会議報告」

  

 
フォトジャ−ナリスト 高木 祐輔 氏の写真報告「タイ国境ビルマ難民」


 
難民申請者、滞日外国人と在日日本人との対面討論
 

 

 

 

 

 

 


全国労働者総決起集会に参加
壇上でアピ−ル「難民に人生を!」











      


 



私達は、「あらゆる難民を受け入れるべきだ」、
「全ての収容・強制退去をやめよ」との立場から、
牛久の入管に収容されている外国人の方々への
支援を行っています。しかし、難民に対して
排除の政策を取りつづける日本では、
多くの難民や外国人労働者が収容所に
閉じ込められ、強制退去されています。
国に帰ったら生命が危ないという難民までもが
送り返されているのです。
東日本入国管理センター

面会申し込み手続き用紙記入コ−ナ

面会室への入り口

収容棟


牛久の会員らによる現地調査・学習行動

連絡先:〒300-2642 茨城県 つくば市 高野 1159-4 田中 喜美子 方
電話:029-847-5338 、FAX:029-847-3495
郵便振替口座:00130-7-90248
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